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問う事は諦める。

代わりに口を開けば零れたのは、弁慶自身でも思いも寄らぬ言葉だった。



「今回は痕が残らなかったから良かったものの、君は怪我ばかりですね」





その声は何処か寂しそうで。


ゆきは俯き羞恥に耐えていた顔を、思わず上げた。







(‥‥‥怒ってる?)


何故、弁慶は怒っていると思うのか。

けれど確かに、ゆきの眼に映る彼は‥‥‥怒りを堪えている、気がする。



「‥‥‥君は女性なんですよ」

「‥‥?はい」


思案顔で黙ったあと、ゆきはこくりと頷く。

けれど、弁慶の真意が全く伝わっていないのは、明白だ。



きょとんと自分を見る彼女が、何とも彼女らしくて‥‥‥憎らしいとさえ思う。



「もっと‥‥‥自分を大切にして欲しいと願うんですよ。こんな状況でも、僕は」








短く告げたのは、飾りのない本心。


「えっ?」


思わず、ゆきは声を跳ねあげた。
けれど瞬いた弁慶の表情は真剣そのもので、だから答えあぐねてしまう。




やがて。
すっかり困った様子のゆきとは対照的に、弁慶はふふっと笑った。



「あまり傷ばかり作るのは感心出来ませんね。嫁入り前の大切な身体なんですから」






(‥‥‥いいよ。あなたじゃなきゃ愛せないから)


なんて、もしこの時

言えたなら。













きしり、と廊を歩く音が弁慶の部屋の前で止まった。


「弁慶さん、ゆきちゃん‥‥‥ご飯出来たよ」

「あ、望美ちゃん!今行くね」

「僕はもう少し片付けてから行きます」

「はい。じゃあ、お先に!」

「‥‥‥ええ。ありがとうございます」


ゆきはくすぐったそうに笑うと、障子戸を開けて室を出た。








‥‥‥静まり返った部屋は、それでも微かに温もりを残していた。

ゆきが整理していった一角を眺める。
綺麗に重ねられた書物は、弁慶が取りやすい様にと配慮されていた。

大雑把に見えて意外と細かな気配りが出来る、ゆきらしい優しさ。









時には苛立ちすら感じる程、まっすぐな彼女に惹かれた。








‥‥‥‥‥‥今でも。



その眼が、光を見つめていて欲しいと願っている。












ただ一人、
祈る様に眼を伏せた。






 


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