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久々に入る弁慶の部屋は、以前と変わりなかった。
つまり、乱雑した書物で足の踏み場もない。



「すみません、無理言って‥‥‥どうも片付けが苦手なようで」

「いいですよ。どこから片付けようかな」



取り敢えず部屋の本を外に出そうか、と考えたが辞めた。

さっき雨が降ったばかりの空気は、湿気を多分に含んでいる。
この積み上げられた書物の中には貴重なものも沢山あるだろう。



「‥‥‥取り敢えず、本を取りやすいように重ねて、っと‥‥」



パタパタと動き回る。
埃を払い、本を重ねて、端に片付ける。

ゆきはいつしか夢中になっていた。

‥‥‥部屋の中央に空間が出来た頃、ふと視線を感じた。
室の一角に座り、にこやかに笑いながらゆきを見詰める弁慶。



「ん?‥‥‥何してるんですか?」

「いいえ?」

「いいえじゃなくてっ!」

「ふふっ。一生懸命な君があまりにも可愛くて、つい眺めていました」

「‥‥‥もうっ!!」



赤くなるゆきを見て、弁慶はますます笑う。



(‥すぐからかうんだから)



なんて思いながらも久々の穏やかな空気に、ゆきは嬉しかった。








あと一踏ん張り、とまだ触れてない書物に伸ばした手は、動かなくなった。



「ありがとうございます。そろそろ一休みしませんか」



ゆきの手を両手で包んで動きを止めたのは、弁慶。



「‥‥‥一休みって、弁慶さん何もしてないのに」



膨れっ面のゆきに笑う事で、弁慶は返した。









開け放された障子戸を閉めると、僅かな隙間から入る風が音を立てる。



そろそろ日も暮れる。



空が朱に染まり始める。
室内が少しだけ照度を落としたから、弁慶は燭台に火を点した。



(‥?まだ明るいのに)



首を傾げたゆきだったが、その理由は程なく分かった。
室外から漏れる陽光と室内の灯が照らす中、立ったままの弁慶はじっと目を細める。



「では、腕を見せて下さいね」



呼び掛ける声は、辛うじて昼間だと言うのに、何故か艶を帯びて聞こえる。

ゆきからの返事はない。


いや、唐突過ぎて何も言葉が出ない様だ。


けれど弁慶は穏やかな微笑を絶やす事なく、諦める事もなく、もう一度ゆっくりと言葉を紡いだ。



「傷の具合を見せてくれませんか。治ったとは聞きましたが、薬師としてきちんと確認しなければなりません。万が一と言う事もあるでしょう?」

「‥‥‥‥‥‥どうしても‥‥ですか?」



躊いがちに尋ねるゆきを横目に見ながら、薬の詰まった道具箱や包帯の類を手際良く用意してゆく。



「ええ、どうしても」



こんな時は医師の顔で淡々と告げる方が効果がある。
案の定、ゆきは溜め息を吐くと着物の袷を開いた。


平知盛に付けられた傷は腕と言うよりも、殆ど肩に位置する。

袖口を捲り上げても布地が邪魔になる。
だから、片袖を脱ぐしかない。




俯きながらゆきは、片袖を脱ぎ諸肌を晒した。




弁慶は眼を見開いた。



‥‥‥ゆきの白い肩。


つい先日診た時は確かに深く、一直線の傷があったそこは何事もなかったように、ただ素肌だった。
完治したと景時に聞いた時も驚いたが、実際に眼にすると驚愕を覚えるほど。


傷が塞がった、ならまだ分かる。

だが‥‥‥斬られた事実、それ自体が存在していないような「完治」。



(これは一体‥‥‥?)



弁慶は勿論、ゆきが何をしてきたのか知らない。
聞けばいいのかもしれない。
ゆきの様子から察するに、傷が治った理由や経緯を何があっても言わない筈。






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