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「調子はどうだい、ゆき?」
「あ、ヒノエと敦盛くん!もう平気だよ」
「そうか。良かった‥」
京邸の門を出ようとした所で、何処からか帰ってきたヒノエと敦盛とばったり出くわした。
「皆は?まだ?」
「ああ、最後の種を探すと言っていたが‥‥‥」
「オレ達は別の用があるから戻って来たってわけ」
「別の用?」
「そ。姫君にも秘密」
この所、京を脅かす怪異の噂が、京中で流れていた。
それがどうやら人為的な‥‥‥平家の者の手に依るらしいと判断した望美達。
ここ数日、昼間は調査に出かけている。
昨日はゆきも共に出掛けたが、収穫なし。
そして今日は、陰陽師として師匠から「依頼」を果たしに行かなければならないと、同行を断ったのだ。
頃はまだ昼になっていない。
「‥‥‥知りたいかい?」
「ううん、別にいいよ」
「あっそ」
ヒノエが顔を近付けるも、あっさり躱す。
彼自身特に堪える様子もなく、あっさり引き下がると、敦盛と目配せしあった。
(‥‥‥?)
歯切れの悪い空気にゆきは内心首を捻った。
そして、ふと思い出す。
「あ、私早く行かなきゃなんないんだった!!じゃあね!」
「ゆき、待ってくれ」
そのまま走り出そうとしたが、腕を掴まれた。
一体何の用なのか。
訝しく思いながら振り返る。
腕を掴んだのは敦盛で、思い詰めた眼差しをしていた。
「敦盛、くん‥‥‥?」
「敦盛、ゆきが驚いているぜ?手を離してやりなよ」
「あ、ああ‥‥‥すまない」
隣りに立つヒノエが溜め息を吐く。
敦盛が手を離すのを見届けてから、今度はヒノエがゆきの手を取った。
恭しく手の甲に口接ける。
「ひ、ヒノエっ!?」
「ヒノエ!」
「‥‥‥ふふっ、可憐な姫君の御手に口接けずにはいられなかったからね」
クスクス笑うとゆきの手を返し、一振りの短刀を握らせた。
「‥‥‥え?」
「やるよ。姫君の身を飾るには、少し物騒かもしれないけどね」
「ヒノエ?」
「‥‥‥御守りだと、思ってくれればいいから‥」
「敦盛くん?」
何故、彼らがゆきに短刀を手渡したか。
理由がさっぱり分からない。
けれど、手のひらを通して流れる清らかな気が、ただの短刀ではないと伝えてくる。
見た目はみすぼらしい、古い刀。
だが‥‥‥恐らくは。
ゆきは短刀を落とさない様にしっかり握り、ヒノエに突き返した。
「‥‥‥こんな立派なもの、貰えないよ」
「へぇ、流石は陰陽師の姫君。良く分かったね」
「そうじゃなくて!!貰う理由がないよ」
憮然とするゆきにヒノエはニヤッと笑う。
「オレが興味を引きたい姫君は、ただの金銀財宝じゃ振り向いてくれないからさ」
「‥‥‥はあ?」
こんな時、彼を止める筈の敦盛が、何故か真剣な眼をしていた。
「ゆき。どうか何も聞かずに受け取って欲しい」
敦盛にまで言われて、ゆきは何も言い返せなかった。
「‥‥‥うん、ありがとう」
短刀は小さいので、鞘ごと懐に仕舞えた。
礼を言い頭を下げると、歩き出す。
今度は二人とも止めなかった。
ゆきは首を捻る。
恐らく二人はこの為に京邸に戻って来たのではないか。
‥‥‥そう思うほど、二人が真剣だった、気がする。
依頼者の名前を師匠の土御門郁章は教えてくれなかった。
出向いた先は、五条大橋の麓の集落。
そこは以前、弁慶と出掛け‥‥‥「ついでに」呪符により清めた井戸だった。
あの時と同じように、札を取り出した。
「掛け巻くも畏き隠月大神と大咲明神の御前に畏み曰く、陽の京に水の禍事はあらじと祓い給え清め給え」
祓いは一瞬。
あの頃の様に、精神を極限まで高める必要もなくなったのは、それだけ彼女の力が強くなっているからだろう。
とにかくこれで、依頼は片付いた。
後は土御門邸に戻り、師匠に事の次第を報告するのみ。
‥‥‥人形の札を取り出し、式神を呼び出そうかと思い、止めた。
遠いけれど、自らの足で出向こうと思ったのは。
無意識の訴え故か。
ゆきは一条に向かい歩き始めた。
辺りはどんよりと暗くなっていた。
「‥‥‥雨、だ‥‥」
空を見上げてゆきが呟く。
太陽が雲に隠れた夕空に、ぽつぽつと雨が降り出した。
行き交う人の足取りが早くなっている。
(もうすぐだし、このまま帰ろうかな)
てくてく雨具なしに歩く――――――と、不意に袖を引かれた。
「ああ、やっぱり‥‥‥」
「‥‥‥あ、お婆さん」
引き止めたのは、春に弁慶と五条大橋で会い
その後、景時と一緒の時にも会った老婆だった。
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