(5/5)





胸が痛い。

昨日‥‥‥帰ってきてからずっと、痛くて。
しくしくと悲鳴を上げていた。


それは、その訳は‥‥‥。



「‥‥‥‥っ!!」



泣きそうになるのをグッと堪える。





もう泣かないと誓った。









‥‥一人になりたくて、ゆきは離れに向かう。


果たして、そこには先客がいた。



「‥‥‥有川くん」

「元宮?‥‥‥どうしてここに」


譲は、人が腰掛けるのに丁度良い岩に座っていた。

ゆきを見て、不思議そうに眉目を顰める。
ここには普段、殆ど誰も来ないと周知の事実。



「有川くんこそ」

「‥‥俺は、一人になりたくて、かな」

「あはは、私も同じかな」

「そうなのか」



それ以上は互いに何も言う事なく。
譲は身体をずらしてゆきが座る場所を作った。

ありがと、と小さく礼を言い同じように隣に座る。



ゆきは、ただ空を眺めていた。



抜ける様に碧く、
高く澄んだ空。





余りも遠く眩しい空を見ていると、ゆきの醜い心を顕著に見せつけられる。







‥‥‥哀しいのは、譲をまだ想っているからではない。
そうじゃない。







ただ、失って行きそうで怖かった。





「‥‥‥元宮」

「ん〜?」



譲は空を見上げたまま声を掛ける。

ゆきも視線は上のまま。



躊いの、間が開く。




「‥‥‥‥‥‥ごめん」

「え?」



突然の謝罪に訳が分からなくて、空から譲に視線を移した。

釣られる様に譲もこちらを向く。


「‥‥‥元宮が俺を好きだったの、知っていたんだ」

「なっ‥」


ゆきが眼を見開く。


「本当は、ずっと前から知っていた‥‥‥でも、俺が好きなのは春日先輩で、元宮の気持ちには応えられない。だから黙ってた」

「‥‥‥そう、だったんだ」


今のゆきなら分かる。



(仕方ないよね、バレバレだったもん)



あの頃の自分は余裕がなかった。
譲を諦めなければと思いながらも、全身で好きだったのだ。
バレてしまうのも当然だろう。

譲から今になって暴露された事に恥ずかしさを覚えつつも、それ以上の感情はない。
いつの間にか、彼はすっかり「恋した人」と言う過去形に代わっていると言う事。



「‥‥‥謝らなくてもいいよ。恥ずかしいけど、バレバレな私に問題があったもん。今はもう、大丈夫」



にっこりと笑って言ったのに、譲は浮かない顔のまま。

それが逆に心配になったゆきは、譲の顔を覗き込む。



「それよりも大丈夫?顔色が悪いけど、寝てないの?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥った」

「えっ‥‥‥」



視界が急激に変わる。


咄嗟に眼を瞑って、開けて。



「有川、くん?」



気が付けば譲の腕の中。

振り解こうもがくゆきの腕は、ぴたっと止まった。



「‥‥‥‥‥良かった‥」

「有川くん」



振りほどけないのは、

ゆきの肩口に顔を埋めて泣いていたから。



そして、



『春も、夏も、秋も冬も、ずっとあなたが好きだったんだ!』

昨日のあの姿を見ていたから。













「元宮を、好きになっていれば‥良かっ‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥そんな事、言わないで」









振り払いたいのに、

振り払えないのは、同じだから。
自分と譲が。




京に来て、望美が遠く感じている譲と。



望美が来てから、自分の場所がなくなっていくと感じるゆきと。














守りたいのに。

望美が大好きなのに。

嫉妬している、なんて。


(‥‥浅ましいよ、私)








もしも、弁慶が狙っているのが自分の命なら


彼が求めているのが自分なら、違ったのだろうか。













絡む腕を、振りほどける事が出来なくて。


ゆきは労る様に、譲の背を撫でた。








ACT34.激情は流星の如く

20080203


BACK
栞を挟む
×
- ナノ -