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胸が痛い。
昨日‥‥‥帰ってきてからずっと、痛くて。
しくしくと悲鳴を上げていた。
それは、その訳は‥‥‥。
「‥‥‥‥っ!!」
泣きそうになるのをグッと堪える。
もう泣かないと誓った。
‥‥一人になりたくて、ゆきは離れに向かう。
果たして、そこには先客がいた。
「‥‥‥有川くん」
「元宮?‥‥‥どうしてここに」
譲は、人が腰掛けるのに丁度良い岩に座っていた。
ゆきを見て、不思議そうに眉目を顰める。
ここには普段、殆ど誰も来ないと周知の事実。
「有川くんこそ」
「‥‥俺は、一人になりたくて、かな」
「あはは、私も同じかな」
「そうなのか」
それ以上は互いに何も言う事なく。
譲は身体をずらしてゆきが座る場所を作った。
ありがと、と小さく礼を言い同じように隣に座る。
ゆきは、ただ空を眺めていた。
抜ける様に碧く、
高く澄んだ空。
余りも遠く眩しい空を見ていると、ゆきの醜い心を顕著に見せつけられる。
‥‥‥哀しいのは、譲をまだ想っているからではない。
そうじゃない。
ただ、失って行きそうで怖かった。
「‥‥‥元宮」
「ん〜?」
譲は空を見上げたまま声を掛ける。
ゆきも視線は上のまま。
躊いの、間が開く。
「‥‥‥‥‥‥ごめん」
「え?」
突然の謝罪に訳が分からなくて、空から譲に視線を移した。
釣られる様に譲もこちらを向く。
「‥‥‥元宮が俺を好きだったの、知っていたんだ」
「なっ‥」
ゆきが眼を見開く。
「本当は、ずっと前から知っていた‥‥‥でも、俺が好きなのは春日先輩で、元宮の気持ちには応えられない。だから黙ってた」
「‥‥‥そう、だったんだ」
今のゆきなら分かる。
(仕方ないよね、バレバレだったもん)
あの頃の自分は余裕がなかった。
譲を諦めなければと思いながらも、全身で好きだったのだ。
バレてしまうのも当然だろう。
譲から今になって暴露された事に恥ずかしさを覚えつつも、それ以上の感情はない。
いつの間にか、彼はすっかり「恋した人」と言う過去形に代わっていると言う事。
「‥‥‥謝らなくてもいいよ。恥ずかしいけど、バレバレな私に問題があったもん。今はもう、大丈夫」
にっこりと笑って言ったのに、譲は浮かない顔のまま。
それが逆に心配になったゆきは、譲の顔を覗き込む。
「それよりも大丈夫?顔色が悪いけど、寝てないの?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥った」
「えっ‥‥‥」
視界が急激に変わる。
咄嗟に眼を瞑って、開けて。
「有川、くん?」
気が付けば譲の腕の中。
振り解こうもがくゆきの腕は、ぴたっと止まった。
「‥‥‥‥‥良かった‥」
「有川くん」
振りほどけないのは、
ゆきの肩口に顔を埋めて泣いていたから。
そして、
『春も、夏も、秋も冬も、ずっとあなたが好きだったんだ!』
昨日のあの姿を見ていたから。
「元宮を、好きになっていれば‥良かっ‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥そんな事、言わないで」
振り払いたいのに、
振り払えないのは、同じだから。
自分と譲が。
京に来て、望美が遠く感じている譲と。
望美が来てから、自分の場所がなくなっていくと感じるゆきと。
守りたいのに。
望美が大好きなのに。
嫉妬している、なんて。
(‥‥浅ましいよ、私)
もしも、弁慶が狙っているのが自分の命なら
彼が求めているのが自分なら、違ったのだろうか。
絡む腕を、振りほどける事が出来なくて。
ゆきは労る様に、譲の背を撫でた。
ACT34.激情は流星の如く
20080203
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