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鳥の囀りが響く。



「‥‥‥朝だ‥」



ぼんやりと寝返りを打つ事数え切れず。
浅い眠りを繰り返すうちに、朝を迎えてしまった



「帰って来た事、皆に言いに行かなくちゃ」



‥‥‥黙って邸を出た事も、謝らなくちゃね。

ゆきは手早く着替え、姿見に自分を映して、櫛で髪を梳いた。



「よし!!顔洗いに行こうっと」



勢い付けて開けた戸は、バン!と豪快な音を立てた。


「うわっ!!」

「‥‥‥」

「お、お前な!ビックリするだろ!!」

「‥将臣くん?」

「よ。お前が帰って来たって景時から聞いたからよ」



部屋の前で頭を掻くのは、ゆきの予想しなかった人物だった。



「久し振りだなゆき。元気だったか?」

「え、うん」

「‥‥‥っと、元気じゃなかったんだっけな。怪我したんだって?もう大丈夫なのか?」

「うん、師匠のお陰で完治したよ」

「そうか、良かった」



優しく眼を細めて、ゆきの頭を撫でる将臣をくすぐったく思う。



「しっかしお前に怪我させたヤツ、許せねぇな」


(‥‥‥平家の人だとは、い、言えないっ)



将臣もまた、平家の人間なのだから。
だから、代わりに別の事を尋ねた。



「将臣くんはどうしてここに?」

「ああ、あれだ。最近な、京に怨霊が出たり不思議な事が起こったりしてるだろ?」

「あ〜‥‥‥うん。師匠から聞いたな」

「その怨霊を放ってるヤツがいるんだ」



将臣は声のトーンを急に落とした。
だからゆきは、気付く。



「それって、もしかして‥‥‥」

「‥‥ちょっと耳貸せよ」



うん、と頷いて一歩。
警戒心もなく近付いたゆきの腕を取り、そのまま抱き締めた。



「えええっ!?ちょっ、将臣くん!?」

「‥‥‥だから耳を貸せって」



抱き締めたのは、耳打ちしやすい為に。
ゆきはそう解釈し、大人しく耳を貸した。

近付く将臣の、吐息がこそばゆい。



「どうやら怨霊を放っているのは、平家の人間らしいんだ」

「‥‥‥そうなんだ」

「一昨日、望美と鉢合わせてな。白龍の神子として、怨霊を放たれては困るから協力してくれと言われてな。目的が合うから一緒に、な」

「‥なるほど」



ゆきはふむふむと頷いた。
将臣が平家にいると知っているのは、恐らく彼女だけ。
だから声を憚る話だと理解したのだろう。

それにしても‥‥‥あっさりと捕まって、疑いもしないなんて。


将臣を信じているのか。
はたまた男として見ていないのか。

全く警戒心を持っていない少女。
たった今聞いた言葉を反芻して、「大変だね」と将臣を気遣っている。

至近距離に顔と顔があるのに、全く動揺していない様子。
何やら盛大な溜め息が出て来た。




 



「将臣くん?」

「‥‥‥んっとにお前は‥」



将臣は腕の力を強めて、華奢な身体を胸に一層抱き込んだ。

ゆきは顔を顰める。


「ちょ、苦しい‥‥‥」


抗議の声も聞かず、顔を近付けてみた。

後少し、と言う所で邪魔が入る。


「その辺にして頂けませんか、将臣くん?」

「‥‥‥べ、弁慶さん!?」

「ゆきが苦しがっているでしょう?」



柔らかく、人当たりの良い声とは裏腹に、殺気を感じる。
小さく身動ぎしたゆきを仕方なく解放してやると、将臣は小さく息を付いた。



「‥‥‥いつから居たんだよ」

「今ですよ。朝食が出来たと朔殿から伺ったので、彼女を迎えにね」



将臣が振り返ると、にっこりと微笑する弁慶。
そして、眼は決して笑ってなどいない。


それは以前と変わらない。

彼女に近付く度に、この男はこうやって『牽制』をかけて来たのだから。



ただ、以前と違うのは‥。


「おはようございます。皆、君の元気な姿を待っていましたよ」

「‥‥‥はい、じゃあお先に行きますね」



‥‥‥‥‥‥ゆきの態度。



「先に行くよ。後でね、将臣くん」

「ん?あぁ、後でな」



にっこりと笑って、歩く。
将臣からは背中しか見えない。
けれど、何処か緊張を孕んでいるように見えた。


「ああそうだ。食事を終えたら、傷を見せて頂けませんか?完治したと聞きましたが、薬師として一応は診ておかないと」



ゆきとすれ違った時に、弁慶は彼女の腕を取り言った。
びくっと肩が震えている。



「‥‥‥大丈夫、ですから‥‥‥」



それだけを言い残し、答えを拒否するかの様に、ゆきは走った。




将臣は眼を細める。
弁慶に対して顔を赤らめるゆきなら熊野で見て来た。



だが、今のゆきは‥‥‥‥‥‥。




 



「‥‥‥好きな女を泣かせて満足か?」

「そう‥‥‥ですね。好きな女性を泣かせてしまったなら、決して満足しないでしょうね」



思わず滑り出た将臣の問いに、答える声は低く抑揚がなかった。



「お前‥‥‥?」

「僕は彼女を好きではないんですよ」



将臣に笑いかけながら、「では僕もお先に」と身を翻した弁慶。



「‥‥‥なんだよ、あれ‥」




将臣はゆきが好きだった。

けれど、没落する平家を引っ張って行かねばならない身。
一門を無事に、そして平和に暮らせるためだけを考えて。
それが還内府として、そして自分を広い上げてくれた人達への恩返しと思っていた。



‥‥‥‥‥‥多少気に食わないが、ゆきがあいつと居て幸せなら、それでいい。





そう思っていた。
なのに、これはどういう事か。






弁慶を前に、何処か泣きそうに固くなったゆき。
態度と裏腹な弁慶の言葉も。


一体何があったと言うのか。
将臣は、外套に包まれた黒い背中をも眼で追った。
何も読み取れやしない、と分かっていながら。




   


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