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「郁章殿は、君の何かな?」

「‥‥‥師匠、です」

「‥‥‥それだけなの?本当に?」



不思議そうに景時を見るゆき。
何故、そこまで念を押して聞いてくるのだろうか。

そんなゆきの無言の問い掛けに気付いたのだろう。
景時は「う〜ん」と唸った後、彼女の肩を指差した。



「だって、君の怪我が治っているよね?いくら優秀な陰陽師と言えども、君があっちにいた一週間位で治るはずはない」

「傷‥‥‥」



確かに知盛に受けた刀傷は深く、体力の落ちたゆきを考えると‥‥‥僅か一週間で完治する筈はない。



(一週間どころか‥‥‥半日だもんね)



「そこまでして、あの郁章殿が君を気にかける理由が知りたくてさ〜」

「ああ、なるほど。確かに師匠は薄情者だしね!」

「あはは、薄情とまでは言わないけどね〜。彼は余り他人に関心を持つ人じゃないから」



‥‥‥二人共、さり気なく酷い事を言っている気がするが。

ゆきの隣に座る敦盛は内心そう思いながら、けれど余計な口出しをせずに、茶を一口含んだ。

ちらりとゆきを見る。
確かに一週間前‥‥‥この邸に居た頃は、随分と顔色が悪かった。
けれど、今のゆきはすこぶる体調が宜しそうだ。



「ん〜‥‥‥でもね、景時さん」

「うん?」




ゆきはまっすぐ正面を見つめた。
景時と視線が絡む。



「師匠にとって私は、ただの弟子ですよ。私にとって師匠は師匠だし」

「そうなんだ?」

「うん‥‥‥‥‥でも、もしかしたら」

「もしかしたら?」



ゆきはにっこりと笑った。

久々に見る笑顔な気がするのは、敦盛の思い過ごしなのだろうか。

室内に通された時に景時が直に入れてくれた茶は熱かった。
だが、今はすっかり温くなっている。
それでも良い茶葉を使っているのは分かる。

敦盛の口に含むと、温くとも広がる程よい薫り。



「あの師匠、私に惚れているのかも!!」

「いや、それはないからね」

「即否定ですか、景時さん」




‥‥‥思わず噴き出しそうになって、敦盛は慌てて湯呑みの残りを飲み干した。












ACT34.激情は流星の如く













‥‥‥景時には言えなかった。

師匠がかの有名な大陰陽師、安倍晴明である事や、自分との関係。
そして恐らく‥‥‥怪我が跡形もなく治ったのは、天狗の霊力によるものだと。


語っても良かったのかも知れない。
景時は信頼出来る人なのに。



(でも、師匠にとっては大切な秘密だもん。喋っていいなら、自分で景時さんに言ってると思うし)



幾ばくかの罪悪感と共に、敦盛と二人で景時と話をした邸の離れを辞したのは‥‥‥深夜と呼べる時間になる。




「敦盛くん。今日はありがとう」

「いや‥‥‥ゆきの怪我が治ったなら、良かった」



心底ほっとした様に小さく笑う敦盛を見れば、ゆきの心は暖かいもので満たされた。
心配してくれたのだと、伝わるから。



「うん、ありがとう。おやすみ」

「あ、ああ‥‥‥また明日」



顔を仄かに赤くして、踵を返すと邸内に消えてゆく。ゆきは敦盛に感謝を込めて、見えなくなるまで背中を見送った。



「‥‥‥眠いっ。おかしいな、散々寝たよね私。いやあれは、術だから‥‥‥だから寝た気がしないのかな」



ぶつぶつ呟きながらゆきは庭を歩いた。
渡殿を辿ればゆきの自室には、かなり遠回りになる。
庭を横断すれば幾分早くなるから。




離れと母屋に当たる建物を挟んだ途中に、邸の門がある。



門付近まで来た時、ふと話し声が聞こえた。



「‥‥‥違‥よっ‥‥‥!!」

「‥‥‥‥‥‥分かって‥‥‥んだ!!」



(‥?こんな時間に喧嘩?)



何やら怒鳴っているように、聞こえる。
何か緊急な事態かもしれない。
放って置ける筈もなく、ゆきは駆け始めた。



(ええっと確か、こっちから‥‥‥)



きょろきょろと見回しながら、暗い庭を歩いていた。
ゆきの耳に、母屋を曲がった向こうからドン!と鈍い音が聞こえる。



「なに、今の‥‥‥‥‥‥あ」



近付くと分かる音の正体。
最初見えたのは、間違える訳のない、背中。
壁に手を突き、何かを話しているようだ。



(有川くん‥‥‥?)




 


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