(3/4)
「‥‥‥‥んん‥?」
ゆらゆらと、身体が揺れている。
ふわりと浮遊するような感覚。
ああ、これは‥‥‥この感触を、私は知っている。
あれは、いつの事だったかな。
誰かが私を背負ってくれてるんだね。
‥‥‥確か以前、こんな事があった。
あの時私は初めて見た怨霊に怯えて気絶したんだよね。
そして、探し出してくれたのは‥
あの人だった。
「ん‥‥‥あれ?」
目覚めると、闇の中。
ゆきは一瞬眼を見張って、そうではないと気付く。
闇ではなく、夜の帳が降りていたのだと。
(あれ?待ってよ)
確か師匠出かけたのは、朝だったはず。
少なくとも、こんな暗闇になるには半日程掛かる時間に、出発していた。
明らかに不自然だ。
(私、術をかけられた‥‥‥?)
最後に覚えている光景が、札と師匠。
彼の眼はまっすぐゆきを捕らえていたのだから、まず間違いない。
でも、何故?
ゆきを眠らせる必要があったのだろうか。
「う〜‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥起きたのだろうか」
「えっ?‥敦盛くん?」
「ああ」
ゆきは再び眼を見張った。
夜闇と、術を掛けられた事実ですっかり失念していた。
ゆらゆらと揺れているということは、誰かが揺らしているということ。
つまり現在の状況は、敦盛に背負われているということになる。
‥‥‥もしかしたら、紫の髪に気付かない程に、動揺していたのかも知れない。
「あ、敦盛くんごめんね!重いよね、降りるから」
「‥‥‥いや。私なら、構わない」
「でもっ、ずっと背負ってくれたんでしょ?」
闇に慣れた眼で辺りを見回す。
民家が軒を並べていた。
京の‥‥‥恐らく三条か四条通りだろうか。
どちらにせよゆきが気絶するまでいた、鞍馬山から随分と距離がある。
もしかしたら、その間ずっと背負ってくれたのかもしれない。
そうゆきは思うと、恐縮した。
「ごめんね、降ろして」
「‥‥‥」
暫く何やら考えていた様子の敦盛は、ふぅ、と息を吐いた。
敦盛が肩越しに振り返る。
菫色の眼がゆきを真直ぐに捕らえた。
「‥‥‥私は怨霊だから、これ位で疲れる事はない‥‥‥それよりも」
「え?」
問い返すと、「いや‥」とまた敦盛は正面を見る。
「怪我はもう、いいのだろうか‥‥‥?」
「へ?怪我?」
ゆきはきょとんとして問い返す。
それからふと気付くと、傷跡にもう片方の手で触れてみた。
「‥‥‥‥‥‥あれ?」
今朝は確かに厚い包帯が巻かれていたのに。
「え?え?」
はしたない、なんて言葉はどこかに消えて。
衿に手を突っ込み、直接素肌をまさぐる。
「‥‥‥‥‥‥うそ。ない‥‥‥」
「‥‥‥ない、のか?」
「えええっ!?ないよ!?ないんだけどっ!!治ってるんだけど?」
「‥‥‥そうか」
「そうかじゃなくて、治ってるんだよ!?敦盛くん治ってる!!」
「あ、ああ‥‥‥」
敦盛の両肩を掴み、がしがしと揺さぶった。
朝は‥‥‥いや、結界を破った時にも、傷口がじくじくと痛んでいたのに。
今、触れるているのは、滑らかな素肌。
傷ひとつない感触が指先を滑れば、混乱するもの。
絶叫するゆきを顔色ひとつ変えずに背負ったまま、敦盛は言った。
「‥‥‥詳しい話は景時殿がしてくれるだろうから、速度を上げていいだろうか」
「え?あ、うん」
「そうか」
言うなり恐ろしい速度で、敦盛は走り出した。
とても人を一人背負っているとは思えない。
「うっ‥‥‥うわぁぁぁ!!」
(あ、敦盛くんって凄すぎるっ!!)
何か言いたいのに、舌を噛みそうな程に揺れている。
ゆきはただ、敦盛の首にしがみついた。
振り落とされない様に‥‥‥。
前 次