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鞍馬山の‥‥‥余人の入らぬ神聖な奥地。
針葉樹を中心とした樹木が生い茂っていた。

すっかり紅葉が色付いていて、はらはらと葉を散らす様は、幻想的な程美しい。



「‥‥‥ふうん。師匠の前世が有名な安倍晴明で、私のお父さんは清明さんが造った人形で弟子だったんですね」

「そう。あの頃は、私自身が持て余す程に、陰の気を溜めてしまった‥‥‥やがて放出されてしまうのは眼に見えていたからね」

「そうなると、京の全てに呪詛みたいな陰の気が、撒き散らされてしまうんですか?」

「そう言う事になるね。『安倍晴明』の力はそれほどに強大だったから」

「‥‥‥と、清明から相談を受けたのでな。我とあやつが造った人型に、其奴の気を籠めた核を埋め込んだ」



ゆきが問う。
郁章に続いて、天狗が答えた。



杉の大木の側に、三人‥‥‥二人と一体と言うべきか‥‥‥腰掛けている。





至極和やかな雰囲気。





以前この山で対峙した時は、天狗から発せられた強烈な殺気に震えていたのに。

今はゆきと郁章から僅かに離れた切り株に凭れ、羽根を畳んでいる。
眼には愉しそうな色さえ浮かべて。



「‥‥‥じゃあ‥‥‥天狗‥さん?も生まれ変わって師匠に出会ったんですか?」

「‥‥‥‥‥‥ゆき。彼は妖の類だからね、我々よりもずっと長寿になる」

「え?じゃあ‥‥‥‥‥‥」



ゆきの眼が見開かれたのを、郁章は見ていた。
この表情も今日だけで何度目になるのやら。



「‥‥‥あなたが、お父さんの産みの親‥っと、それは師匠だから‥‥‥‥‥‥産ませの親ですか?」

「‥‥‥‥‥‥ゆき。意味が違うだろう?」



ゆきの問いに、呆れながら郁章が答える。

「産みの親」と「産ませの親」。
それは一対、つまりは夫婦と表現出来なくもない。




珍しく、郁章は頭痛を覚えた。




記憶に有る限り、ゆきの父親の泰明は、至極真面目な青年だったが‥‥‥。

ふと考えて、首を振る。
いや。
彼も純粋な赤子の様に、時にこちらが笑う程の問いを、よく口にしたものだった。

随分と朧気な記憶になりつつあるけれど。


‥‥‥そこでふと視線を感じ、郁章はちら、とそちらを見遣った。


天狗が静かな眼を向けている。
何も言わずともこちらの意を察した、と言った所だろう。

郁章は瞼を閉じる事で、肯定の意を表した。



「ゆき」

「はい、師匠?」

「すまないね」

「‥‥‥え‥?」



振り向いたゆきが息吐く暇もなく。
郁章が呪符を翳した。


未だ眼の色が左右で違う彼。
本性を解放している彼に取っては、呪言など不要。



がくん、と糸が切れた様に、ゆきの身体は崩れた。















「‥‥‥さて、始めるとするか」

「物分かりが良くて助かるよ‥‥‥齢も五百を超えると、妖も性格が丸くなるのか」

「ふん、言いおるわ。口と根性が曲がり切った所は直らずに生まれたか」

「それは性分と言うものだろう?」



笑う天狗の眼は、すぐに深刻なものと変わった。

眠るゆきを見た途端、眉目に皺が寄せられた。




 


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