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『‥‥‥では、私が?』
『そうだ』
眼を見張るなど、ついぞなかった。
我ながら珍しい事もあるものだ、と内心ごちる。
父であり土御門家の当主、郁信はさも当然と言わぬばかりに頷いた。
『かの娘の霊力を考えると、そなたしか居らぬでな‥‥‥しがない放蕩息子の仮面もそろそろ剥いではどうだ?』
『何の事やら分かりませんが』
『‥‥‥ふん。この父の眼は欺けぬよ、郁章。そなたの秘密を知っておる』
やれやれ、と郁章は肩を竦めた。
ACT33.符号と疑問と
『‥‥‥だからさ、頼むよ〜』
かつて共に修行した事のある知己までもが、父と同じ事を言う。
彼は、郁章に秘められた力など知らぬのに。
『景時殿。それ程に強大な力の持ち主なら、私でなく兄上に頼むといい』
後継者は兄なのだから。
そう告げると、目の前の陰陽師兼源氏の軍奉行はう〜ん、と唸りながら頭を掻いた。
『そうするのが本分だと分かってはいるんだよ?‥‥‥でも、君に頼みたいんだ』
『何故?』
『‥‥‥大切な子なんだよ、オレ達にとって。何よりあの子は、妹の笑顔を取り戻してくれた恩人なんだ』
梶原平三景時。
元々彼は平家に、そして今は源氏に仕えていた。
郁章とは、彼が平家の武士であった頃からの知り合いでもある。
一将たる旧知の友、梶原平三景時にそこまで言わせた少女に、興味が沸いたのは事実。
『‥‥‥私ならば、彼女を土御門家の為に利用はしない、と?そう信頼されてもね‥‥‥』
『本当に!頼むよ〜、郁章殿!』
見かけに寄らぬ非情な一面と、繊細な性質を併せ持つ大の男が、両手を擦り合わせて拝む姿は何やら滑稽だった。
噴き出しそうになるのを堪える為、つい、と視線を逸した。
『まぁ‥‥‥君には恩義があるからね』
聞こえない程度に呟きをひとつ。
郁章は、景時に『是』と返事をした。
途端に喜色満面になる景時は犬の様だと、こっそり笑いながら。
『ゆきちゃん、こちらが土御門郁章殿。君に陰陽術を教えてくれる人になるよ』
『あ、はい!‥‥‥ええと、元宮ゆきと申します!!よろしくお願いします』
『‥‥‥‥‥』
『‥‥あ、あの?』
『いや‥‥‥何でもない。私の弟子になるからには修行は厳しいよ。覚悟しなさい』
『はい!!‥‥‥‥‥うーんと‥‥‥し、師匠と呼べばいいですか?よく分からないけど』
ゆきが首を傾げた。
『ああ、そうだね‥‥‥』
【お師匠の言葉はよく分からぬ】
遠い遠い昔。
自分にそう言い首を傾げた、青年がいた。
『‥師匠で構わないよ』
『‥‥うわ、笑うとますますイケメン‥‥』
『池?』
『あっ!!なな、何でもないですっ!!』
照れて笑う。
この笑顔も、記憶の中に。
かの青年の傍にあった、笑顔。
そしてゆきの、その身に纏う気すら。
告げる事はたったひとつ。
ゆきは、遙か昔の「自分」が生み出した
愛しき存在の、娘ということ。
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