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いつの間にか隣に来ていた望美が、ヒノエの腕に触れた。





「ヒノエく〜ん、疲れたの?」

「いや?姫君の花のような麗しい姿を目にしたら、疲れも吹き飛ぶよ」

「‥‥‥もうっ。それより白龍が将臣くんを見付けたんだよ!暫く一緒に行動してくれるって!!」


にっこりと、嬉しそうに望美は笑った。


「野郎の事なんかどうでもいいよ‥‥‥それより、二人で抜け出さないかい?目を盗んで逢引と洒落こむのもいいだろ?」

「ヒ、ヒノエくん!?」

「‥‥‥なんてね。そうしたいのは山々だけど、お目付け役が睨んでちゃ難しいかな」


望美の髪を一房手に取り、唇を落とす。
真っ赤になる彼女の頭に軽く手を置き、顎をしゃくる。


視線の先には譲の姿。


望美を追おうとしたのだろう。
ヒノエに対して怒っているのが遠目でも見て取れる。


「譲くん‥‥‥最近、あまり寝てないって‥‥‥」


ぼそっと漏れる一言に眼を向ければ、泣きそうな少女の顔。


(‥‥‥‥‥‥へぇ)


「譲が?」

「‥‥‥‥‥‥あ、ううん!!ごめんね、何でもないんだ!!」


聞かれてしまった、と慌てて両手を振っている望美に、ヒノエは優しく笑い掛けた。


「姫君の笑顔を曇らせる事は歓迎出来ないね。オレで良ければ力になるよ」

「ヒノエ、くん‥‥‥?」

「‥‥‥おっと。今は、仕方ないけど野暮用を優先しなきゃね‥‥‥‥‥明日ならどう?」

「‥‥‥‥‥‥それなら、お願いがあるんだ」




御守りが欲しいの。




うつむいて、深刻そうに同行を頼んでくる望美。
明るく請け合うと、ほっとしたように顔を綻ばせていた。








‥‥‥そう。望美がいる。


あの男から聞き出すのは限り無く不可能に近い。

だけど、望美ならば。
何かを聞き出す事は可能ではないのか。



「なら、明日の朝に出発だぜ?」

「うん!」




















「し、師匠!!眼!?眼っ!?眼がなんか違うんですけど!?」



ゆきが喚いている。

これでは深刻かつ、見せ場的な雰囲気がぶち壊しではないか。
師匠と呼ばれた青年、郁章は溜め息を吐いた。



「‥‥‥少しは静かにしてくれないかな、ゆき?」

「だ、だって師匠っ‥!!」



今にも泣き出しそうな弟子を、自らの背後に庇う。
郁章は懐から数珠を取り出した。

先程、強大とも言える結界を破ったのは、弟子であり不思議な縁をもつゆき。
その力はとても強く、まだ成長を続けるだろう事は見て取れる。


当たり前なのだ。


彼女の力の所以を‥‥‥いや、「奇跡」が生んだ血筋を考えれば。


このままゆきが陰陽道を精進し、極めた先には「当代随一の陰陽師」としての未来は約束されているも同然。


‥‥‥もしも、陰陽道を歩むなら、の話だが。



「‥‥‥‥‥‥ゆき。よく聞きなさい」

「師匠っ!?」



(師匠は、こんな時なのに!!)



ゆきは信じられない思いで郁章の背中を見つめた。


前面から強烈な気が近付くのを感じるのに。

‥‥‥あれは、春に対峙したモノと同じ。



「‥‥‥師匠、だって天狗‥‥」

「ゆき」



郁章はゆきの言葉を穏やかに遮った。
こんな口調は、何かしら重要な話をする時。
身に染み付いているゆきは、反射的に押し黙る。

‥‥‥結界を破られた事によるのか。
強烈に過ぎる殺気を放ちながら、天狗が高速で近付いてくるのに。


彼の唇は呪言を紡がずに、代わりにゆきに対して言葉を発していた。



「‥‥‥君の父親の安倍泰明の話を、以前にしたね」

「‥‥はい」

「泰明は、造られた人形だと。龍神の神子であった君の母君との愛情が、彼を人へと生まれ変わらせたのだと」

「‥‥‥‥‥‥はい」




「そうして、君が生まれた」

「そ‥‥‥」



(だから、こんな時に一体なんでっ)



と思った時だった。



「きゃぁっ!!」




空を切り裂く様に、―――迫る光の奔流。





(っ!!無理だよっ!!)







木端微塵に吹き飛ぶ事を予想して、ゆきはギュッと眼を瞑った。





 
 


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