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二度目の恋を自覚したのは
彼の一面を垣間見たからだろう。
気づいた時にはもう、後戻り出来ないほどに膨れていた。
初めて出会った時の一言が忘れられない。
腹から流れる大量の出血と、傷の痛みに意識が虚ろだったけれど。
『僕が君を守りますから』
蜜色にも黄金色にも見える眼と髪が、とても綺麗な人。
最初は女神だと思った。
見知らぬ土地で、今にも命が尽きようとしている時なのに、嬉しいと思った。
この人達を守りたい。
そう思ったのはもう、随分昔の事になる。
消息を真剣に案じていた、望美と譲、将臣を。
自分を受け入れてくれた景時を、朔を、九郎を。
そして、守るといってくれた、彼を。
私はあなたを守る。
それがあなたの望む道に反しても。
夢の中の彼は、いつかのようにとても優しく笑いかけてくれていた。
愛されていると錯覚しそうなほどに。
覚めないで、と思うのはきっと。
‥‥‥この恋がもう
叶うことはないと分かっているから。
ACT30.愛しい月明かり
「‥‥‥ゆき?」
「‥‥‥‥」
唇が自分の名を紡ぐのを確かに見た。
弁慶の顔を見て、安心したように緩むゆきが崩れるように背後に倒れるのを支えるべく、手を伸ばした。
腕の中でゆきが、その意識を閉ざす。
弁慶は片腕で肩を支え咄嗟に手首を掴み、脈を探した。
同時に耳を彼女の口許に近付ける。
「‥‥‥良かった‥‥」
思わず漏れた声に苦笑したくなった。
呼吸も脈拍も、弱いながらも確かに存在していたから。
「‥‥‥ゆきっ!?‥‥‥と継信殿?」
「朔殿。手伝って頂けませんか?」
「‥‥ええ、勿論です」
驚愕から抜け、腰を落とす朔に眼を向ける事なく、弁慶は丹念に傷を調べる。
ゆきと、彼女の膝に庇われていた継信と。
薬類を纏めている袋から必要な薬と包帯、そして消毒用の小瓶に入った焼酎を取り出した。
見た所、より危険な状態なのは継信。
腹を裂かれて出血が酷く、呼吸が僅か。
それはゆきも同様なのだが。
「朔殿。ゆきの止血を」
「ええ」
頭が冴える。
何も考える事なくただひたすらに手を動かした。
‥‥‥‥‥‥そうしなければ激情にかられ、今にも刃を向けるべく走り出してしまうから。
朔も無言でゆきの止血に励む。
少し離れた所から聞こえる激しい剣撃。
そちらに眼を向ける事もせず。
継信の傷は想像していたよりは浅かった。
薄手の鎧が、ある程度は防いだと言う事か。
手早く処置を終わらせる。
「‥‥‥跡が残らなければいいけれど‥‥」
丁度、包帯を巻き終えた朔が呟いた。
眼はゆきに向けたまま、辛そうに歪めている。
「これだけ深い傷ですから‥‥‥」
弁慶は言葉を切った。
跡は恐らく残ってしまうだろう。
だが生死すら危ういこの状況。
跡など仕方ない。
‥‥‥それは朔自身もよく分かっているだろう。
「そう、ね。でも嫁入り前なのに‥‥‥この子ってばもう、どうしてこんなに‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
弁慶は無言だった。
望美達が走って来る足音が聞こえた。
知盛との戦闘を終えたようだ。
「弁慶さん!ゆきちゃんは!?」
「油断は出来ません。でも、安静にもしてられませんから」
「さっさと片付けるしかないって事だね」
ヒノエに眼で頷き、これからの動向について話をすべく、九郎に眼を向けた。
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