(4/4)






走る彼らを遮る樹々の隙間から、突如紅い光が走った。


「ゆきちゃんだ!」



景時が自信を持って叫ぶ。
だが、白龍は眼を見開いた。


「違うよ。ゆきじゃない」

「‥‥‥でも、確かにゆきちゃんなんだ。さっきと同じ‥‥‥」

「景時さん、さっきって‥‥‥」


息を切らしながら、譲が口を開く。
景時は「後でね!」と答えて、足を速めた。


既に尋常でなく足の速い九郎とヒノエ、望美、敦盛、そして弁慶の姿は見えなかった。













「夫神万物妙 変化也通者 立天道 曰是陰陽 ‥‥‥」

「‥‥‥面白い‥‥」

「天地、吉凶」



ゆきは尊勝陀羅尼を唱え始めた。


「ノマクサマンダ・ボダナン・カロン・ビギラナハン・ソ・ウシュニシャ・ソワカ」


爆発的な、紅い炎。


生まれて初めて、害意を持って唱えてしまった呪は、それ故に今までにない程の強い力を持って知盛に襲いかかる。


「‥‥‥ッ!!‥‥‥」


けれど、瞬時に束縛が解けた知盛は、二刀で結界を作る。
‥‥‥が、防ぎ切れる筈もなく、後方へ大きく吹き飛ばされた。


ゆきはホッとしたのか、急激に意識が霞みそうになる。


(もう‥‥‥ダメだ)


それでも頑張ろうと、ふらつく右手で眼を擦った。









「‥‥‥ゆき!!」




(ああ、きっとこれは幻なんだね)



頭ではそう思うのに、声を聞いた瞬間に分かってしまった。



来てくれた。



「‥‥‥弁慶さん」



途端に溢れる涙。

こんなにすぐに泣いたら、呆れられるかもしれない。

なんて思うのに、心は安堵して‥‥‥安心しきってしまった。




既に意識のない兵士の頭を膝に乗せたまま。
背後に倒れそうになるゆきを、弁慶が寸での所で抱き留めて二人共に座る。


「止血をします。少し痛いけど我慢して下さい」



ゆきの左腕を見て、眉を潜める。



(夢でなければいいのに)


一瞬、泣きそうに見えた弁慶の眼が、真実ならばどれほど幸せだろう。









疲労と高熱と、傷の痛みと出血‥‥‥。


極限まで張り詰めた意識は、その腕の中で急激に溶けていった。



「‥‥‥ゆき?」
















どんなに辛くても、想いを捨てるなんて出来ない。


愛しくて、仕方ないから。







ACT29.対峙する銀と朱

20071206




BACK
栞を挟む
×
- ナノ -