(3/4)







「ほう‥‥‥‥束縛を使えるとは‥‥‥な」

「‥‥‥っ!‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥なかなかいい眼をしている‥‥‥お嬢さん、名は?」

「‥‥‥先に、自分から名乗るのが‥‥常識だよっ‥‥‥」

「‥‥クッ‥‥‥この期に及んで、まだそんな口が聞けるとはな」



ゆきが唱えた高速呪文は札と言う媒介を経て、強力な束縛を与える筈だった。
普通ならこの術を破れる者は、ゆきの知る中で唯一人。
師匠である土御門郁章のみ、な筈だった。

安倍家当主には試した事すらないが、その他の安倍家の人物には破られた事はない。


‥‥‥だが。


目の前の男はゆきの呪文を唱える寸前の気に素早く反応していた。


お陰で今、互いに束縛を与えあって動けないでいる。

ただ話が出来るのは一方的に掛けられた束縛付与では ないからだろうか。
こんな経験のないゆきには、答えを知る術などなかったが。



「‥‥‥平知盛。これでご満足頂けましたか?お嬢さん」



知盛と名乗った男は、この動きを止められた状況すら楽しんでいる様だ。

悔しいけれど相手が名乗った手前、自分もそうしなければならない。



「元宮ゆき、だよ‥‥‥」

「‥‥‥ゆき、か。やはり殺すには惜しい、な」

「‥‥‥!!」



ゆきの眼は極限まで開かれる。



『殺すには惜しいがな』



再び迫るあの時の恐怖。



(ダメ!気を緩めたら解けてしまう!!)



凪いでしまいそうな心を叱咤して、呼吸を深くする。



確かに、油断して術を掛けられてしまったけれど。
左腕の負傷と出血で、意識を保つ事さえ辛くなって来たけれど。


この状態で五分ならば。
いつもの自分だったなら、きっと負けたりしない筈。



(気を抜いたら、終わり)



きっと自分の命は、この男に奪われる。



記憶に染み付いた恐怖は拭えそうにない。
知盛の紫色の眼は同じ色なのに、重衡のものとは違って、底知れぬ恐ろしさを感じた。



でも、とゆきは思う。



(私、まだ死にたくないよ)



こんな所で、恐怖に閉ざされて命を散らしたくなど、ない。



強くなった眼光に、知盛は嬉しそうに唇を歪めた。



「‥‥‥益々欲しくなる女だな、ゆき」

「誰が!」



短く答えて意識を集中させる。
深い呼吸を更に深めて。










『意識を大地に委ねてごらん』


(はい、師匠)







どくん、どくん、と痺れる腕が集中を邪魔しようとする。

この術を使えば、きっと‥‥‥自分の身が持たない。
けれどこのまま睨み合っていれば、先に自分が意識を失う筈だから。



(でも大丈夫。きっと来てくれる)



根拠などない。
‥‥でも、絶対の信頼。



















「‥‥‥景時さん!!」

「皆来てくれたんだね〜!助かったよ」



望美達が駆け付けた時、既に景時は浅い傷を幾つも作っていた。
平気だと慌てる景時に、眼の据わった朔がその腕に細く裂いた晒を巻き付ける。



「痛いっ!痛いってば〜!」



思わず笑う一同を余所に、弁慶だけが静かに景時の正面に立つ。



「景時。ゆきは何処にいるんですか」




その一言で、望美は気付いた。



ゆきの不在。
此処にいないとするならば、彼女は一体何処に‥‥‥?



「‥‥‥森の入り口に待機して貰ったよ」

「景時!こんな所でゆきを一人にしたのか!?」

「兄上!!」

「‥‥‥景時、どういう事ですか?」



弁慶が静かに問う。
言いにくそうに景時が答えた。



「ゆきちゃんは熱が出ていたから‥‥‥継信を付けて、待機して貰ったんだ」

「継信?‥‥‥ああ、佐藤殿の嫡男ですね」

「此処に連れて来れなかったんだよ。いつ倒れるか分からない位なのに、術を使ったりしたから‥‥‥」

「‥‥‥そうですか」



唇を歪めた景時に、小さな声で答えた弁慶は、踵を返した。



「何?まさかあんた一人で行くつもりかよ?」

「ここはまだ制圧出来ていないでしょうから、君達は残って下さい」

「いや、弁慶。生田神社まではもう、大丈夫だよ」



(生田神社?まさか)



望美は驚いた。

景時が生田神社に行っていたなら、出会っている筈なのに。


あの危険すぎる刃物の様な男に。



「‥‥‥待って!!景時さん、知盛はっ!?」

「知盛?‥‥‥新中納言の平知盛のことかい?」



‥‥‥この様子から見ると、出会ってない。




と、すれば‥‥‥?

咄嗟にリズヴァーンを見る。
彼も同じ事を思ったのか望美と眼が合うと、視線で同意した。



「皆、行きましょう!!‥‥‥ゆきちゃんが危ない!!」



驚きながらも頷く彼らを一瞥して、望美は生田の森を抜けるべく走った。

焦る心は、背後で問い掛ける様な視線を感じる事など出来ずに。


何故望美は識っているのか、と―――その絡繰りを解こうとする、弁慶の眼差しに。





 
 


BACK
栞を挟む
×
- ナノ -