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「ゆきちゃん、もういいよ」



辿りついた景時は、平時の優しさとは違う荒ぶる所作で、ゆきの肩を掴んだ。

びくっ、と弾むかのように震える肩。
ゆきは術に夢中になり過ぎて、近づく自分の気配に気付かなかった様だ。



「景時さん‥‥‥?」

「ありがとう。君のお陰で怨霊はいなくなったよ」

「え‥‥‥」



景時の謝礼に、ゆきは驚いて辺りを見回した。
初めて眼を開けた赤子の様に、何処かぼんやりとしている姿。

怨霊の姿がいなくなったと確認したのだろう。
ふぅ、とゆきが息を吐く。

そして



「‥‥‥ゆきちゃん!?」



ふら、とその小さな身体が傾いだ。

慌てて肩を支える。
地面にぶつかる手前で止めた ゆきの身体は、燃える様に熱かった。



(‥‥‥凄い熱だ)



無理もない。
福原に来て休みなしで長時間、
しかも初めて疾走する馬にしがみつきっ放しだった。

挙げ句、あの炎を生み出したのだから。

もともとあまり丈夫ではないゆきが発熱するも道理。

‥‥‥ そして恐らく。
一番の原因は、出発前に見た涙。

精神的なものもあるのだろう、と思った。



「大丈夫です、景時さん。それよりも先に行かなきゃ‥‥‥」



小さな声でゆきは訴える。
羞恥ではなく、熱によって赤くなった頬。

けれども、その眼差しは強い。


ゆきの肩に手を乗せたまま、景時は瞬時の沈黙を自らに許した。

‥‥‥ここに怨霊の群れがいたという事。
即ち平家側はこちらの進軍に備えていた、ということになる。

ならばこの先は怨霊だけでなく、平家の将が控えているに違いない。

生田は平家の拠点である雪見御所に繋がる、重要な場所。
確率で考えても、まず間違いなくこの先には名将が控えている筈で‥‥‥。



景時は決然と顔を上げた。



「オレ達はここから先に進むよ。でもゆきちゃんは残ってくれないかな?」

「‥‥‥そんな!!だってそれじゃ景時さんを守れないよ!!」



必死にゆきが叫ぶ。

こんな時ですら‥‥‥いや、こんな時だからこそ、彼女は自分よりも大切に思う他人の事ばかり考える。

そんな彼女だからこそ、必死に守ろうとする男がいる事に気付かないのだろうか。
彼女を誰よりも想う男がいる事に。

そして自分は、彼の為にもゆきを護らなければならなかった。 



「ゆきちゃん、聞いて?オレ達は多分、平家の兵と戦う事になる。
だから、背後から怨霊が来たら‥‥‥分かるね?」

「‥‥‥挟み討ちになる?」

「うん。そうなると非常にまずいんだ。だからゆきちゃんはここで守ってくれないかな?」



普段は細かいことを気にしない、大らかな少女。
だが決して愚鈍ではない。

ゆきは、景時の眼をじっと見た。


少しの間、考え‥‥‥やがて渋々と言った体で頷く。



「分かりました。景時さん、無茶しないで下さいね」



自分の事をきっちり棚に上げるゆきに、景時は肩の力が抜けると同時に苦笑した。



「オレ?オレは大丈夫だよ〜。こう見えても一応は武士だからね」



戦場には不釣り合いに、にっこり笑うゆきの頭を撫でて、景時は踵を返した。


護衛に兵を一人、ゆきの側に置いて。




  











「ゆき殿、こちらへ‥‥‥ゆき殿?」

「‥‥‥えっ?あっはい!すみません!!」

「いえ。こちらへどうぞ」



ゆきを見下ろす態勢になった男の顔が赤い事に、彼女は気付いて首を傾げた。



(この人も熱があるのかな)



だから、こうしてゆきとここにいるのか、と。



「ゆき殿、お加減が優れないようですが」

「大丈夫です。それよりも、すみません。あなたは景時さんの大事な戦力でしょう?」



心底申し訳ない、と下げた頭を再び上げたゆきは、更に真っ赤に染まった男に心の底から心配になった。



「あの、しんどいんですか?私なら大丈夫だから、どうか座って下さいね」

「い、いえ!!決してそうではなく!!」

「‥‥‥‥‥‥?」



ゆきの言葉はまさに今、男が彼女に言わんとした事なのに。

当のゆき本人は、難しい顔つきで佇んでいた。




どうしても、思い描いてしまう。



(今頃、どうしているんだろう)



景時の事は心配だった。

ここにはもう、怨霊の気を感じない。
恐らく怨霊による襲撃など来ない事を最初から知っていて、景時はゆきを置いて行った。




ここならまだ安全だから。




それが分かったのに頷いたのは、何があっても譲らないという、景時の強い眼を見たから。





(‥‥‥私ってば、どうしようもないなあ)




単独の隊で激戦に赴いた景時を心配しているのに、



脳裏から離れない面影に、苦しくなる。

潰れてしまいそうな自分を感じる。





こんな時なのに、自分は‥‥‥




会いたいと、思ってしまう。







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