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ACT28.陰陽の理と紅炎







「ゆきちゃん、そろそろ生田に着くよ」

「‥‥‥はい!」



馬に乗る事、数刻。
ゆきの腰も足も、いや身体中が、激しい馬の律動に衝撃を繰り返し与えられて、痛んで仕方ない。

強張った全身。重く沈みそうになる。

だが、 それよりも。
馬上でゆきは思案に暮れていた。

生田は‥‥‥景時達が平家を攻め落とそうとする地は近いと言う。



(結界、どう張ろうかな)



出来れば景時の軍全員に、と言いたいが、あまりにも不安要素が多すぎる。

以前、三草山で大掛かりな結界に成功したが、あれは陣とその周りを囲むだけだったから成功したのだ。
人が密集していたからこそ。


だが、今回は違う。

守りたいと思う兵達は、固まった場所にはいないから。
まさに戦場なのだ。ひとつ所にじっとしている訳にはいかない。
敵味方入り乱れている中で、味方だけを守護する事は不可能だった。


更に言うなら、実際問題として、人が命を奪い合う戦場を知らないでいる。

三草山では結局、ゆきは非戦闘要員だったから。
きっと戦を目の当たりにして平然とは出来ない、と自分でも分かっている。



ならば、景時一人を守るしかないだろう。
それなら何とかなる。


他の人には申し訳ないが、景時はゆきにとって大切な家族で。
命の恩人で。朔の為にも、失くせない人。



馬は戦場に向かっている。
正直凄く怖い。


けれど。



(私の力が役に立つんだ)



大切な人を守れる。

その為に頑張って来た。


今、誰かの為に自分が出来る事がある。
それが嬉しいし誇らしい。

そして今はその誇らしさが、崩れそうなゆきの心を何とか繋ぎ止めていた。


自覚したと同時に切り離された恋心。
そこから滲み出す哀しみから。



「景時さん。私、頑張るね」

「‥‥‥ゆきちゃんは頼もしいね」



凛々しく弾むゆきの声音とは対象的に、景時は静かなそれだった。

言うなれば、後悔。

命令とは言え、まだ幼さの残る少女を‥‥‥激戦が予想される地に連れて行く事への。


ごめんね、と言ってしまえば彼女はきっと傷付くだろう。
だから。



「何があっても、無茶だけはしちゃ駄目だよ?」

「はい!!」



頷く少女は、まるで初陣に赴く若武者の様に真っ白で、

‥‥‥危うかった。













「臨兵闘者皆陣烈在前!!」

「ゆきちゃん!!無茶しちゃダメだ!!」

「無茶してません!ノマクサマンダ・ボダナン・カロン・ビギラナハン・ソ・ウシュニシャ・ソワカ!!」



深紅が走る。

ゆきの呪符から生まれた炎は、目の前の怨霊を焼く。



「グギャァァァ!!」



耳を劈く断末魔の声とともに哀れな死者達は、その力を龍脈に返して行った。



それはついさっきの事だった。

‥‥‥生田に着いた景時達は、怨霊の群れに待ち伏せされていたのだ。

人間相手ならば意気揚々と刀を抜くであろう兵達。
だが相手が怨霊になると勝手が違うのだろう。


恐怖心で 一気に士気が下がる。
それは仕方ない事だ。


景時も分かっているのだが、一軍の将としては叱咤しなければならず、険しい顔で兵に向き直る。
‥‥‥と、その隙に、背後にいた筈の少女が怨霊に向かって走って行って、呪符を手に呪言を唱え始めた。


景時は‥‥‥いや、景時達は、目の前の光景に暫し言葉を失った。


地を這いながら怨霊を包み焼尽くす炎。
まるで舞のように、それは自在に駆ける。



(‥‥‥なんだ、これは)



生理的な汗が伝う。

自分も陰陽師だから分かる。
これは、ただの陰陽術とは違う、と。
ゆきは確かに火の属性を持っている。
一見すると、陰陽師が自分の得意な属性を使うのは当たり前の様に思うだろう。

‥‥‥だがこれは、陰陽術ではない。

何処が、と問われれば整然とは答えられないが、違う。
見る者の眼を奪うかも知れないが‥‥‥反面、不安を覚えるような。

そう、以前に熊野で見た紅炎とは、何かが明らかに違っている。

陰陽の理から外れたように思うのだ。


それ以上、解らない事がもどかしかった。


ただ一つ、言えるのは。



「無茶だ!!君が倒れるよ!」



叫んで景時は背後を振り返る。



「武士があんな小さな女の子に守られてどうする!?‥‥‥全員、怨霊を討て!!」



本隊に比べれば数は極小だが、精鋭が揃っていると景時は自負している。

将の怒声に我に帰ると、その後は速かった。



怨霊は痛みを感じない。
心臓を持たない。

だから通常の攻撃は効き難いが、景時により修練されている彼ら。



腕を、足を狙い、怨霊の動きを次々と止めて行く。



その間に、景時はゆきの元に走った。
陰陽術式銃に高速呪文を唱えて彼女の周りの怨霊を撃った。







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