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「ゆきちゃんごめんね。飛ばさないといけないんだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫、です。私こそ足を引っ張ってごめんなさい」
「やだな〜!足を引っ張るわけないよ〜!!」
馬上で手綱を握る景時は、ゆきを元気付けるように笑う。
「じゃあ、飛ばすよ!しっかり掴まってね」
と声を掛け、手に持つ綱を強く引いた。
嘶く馬。
そして駈ける速度が一気に上がった。
(ひゃあぁっ!!)
景時の前に跨がるゆきは、失踪する栗色の馬首にぎゅっとしがみつく。
全力疾走の馬に乗るような経験がないゆきには、強烈過ぎる衝撃だった。
蹄が大地を蹴る時の躍動が、振り落とされそうな錯覚を覚える。
余りの速度で駈けるものだから、必死にしがみつくしか出来なかった。
(こ、怖い怖い怖い〜っ!!鼻水くらいは出てるかもしれないけどごめんね馬っ!!)
心の中で馬に謝った。
あの時、簪を抱き締めながら涙を拭いたゆき。
「覗き見るなんて趣味が悪いと思います」
背後から迫る気配に振り返る事なく声を掛けた。
「景時さん」
「‥‥‥うん、ごめんね。でもどうしても君に用事があってさ」
「用事‥‥‥ですか?」
そこでやっとゆきは振り返った。
(泣いていたのがバレちゃうよね)
なんて思ったが景時の声音から、そんな事はもうとっくにバレているだろう。
今さらどうでもいい。
景時は幾分沈んだ様子だった。
「何かあったんですか?」
「うん‥‥‥政子様からのご命令なんだ。
君を生田に同行させるように、と」
「‥‥‥生田?」
何故なのかさっぱり分からない。
きょとんとした彼女の表情に、景時はそっと眼を伏せた。
「‥‥‥生田に、平家を討ちに行くんだよ」
「‥‥‥そんな!だって和議の為に‥‥‥!!」
眼を見張ったゆきを今度は正面から捉え、景時が短く呟く。
「政子様の‥‥‥いや、頼朝様のご命令なんだ」
景時は冷静だった。
少なくとも傍目には冷静に見えた。
「景時さんだけで行くんですか?」
「オレの部隊とね。
‥‥‥こんな事を言うのは命令違反だけど‥‥‥ゆきちゃん、断ってもいい 「なんで?私は行きますよ」
景時の言葉を遮る様に、ゆきはどこまでも冷静に頷き返した。
「君は分かってないんだ。敵の直中に飛び込む事の危険を」
「でも、命令なんでしょう?」
ゆきを‥‥‥朔と共に妹と思う彼女を、最も危険な場所に連れて行ける訳がない。
主君からの命令との狭間に葛藤する景時は、明るい声に顔を上げた。
「朔の代わりに私が景時さんを守ってあげるね」
「ゆきちゃん‥‥‥」
「大丈夫、結界なら師匠のお墨付きなんだよ!どんな矢も、景時さんには当たらないように頑張るから」
眼は真っ赤で鼻頭も赤くて、相当泣いた後の顔。
きっと、彼女は無理をして笑っている。
頼朝の命に逆らえない、と。
そんな込み入った話などゆきにした事はないが、恐らく気付いたのだろう。
ならば。
「じゃあ、オレがゆきちゃんを守らなくちゃね〜。朔に怒られないように」
「あはは!朔、怒ると怖いもんね!」
そして今、二人の姿は馬上に。
目指すは、生田。
今度は落ちないように、と帯に挿した簪。
意識を傾けると、仄かに温もりを感じて‥‥‥ゆきの胸を切なくも暖かいもので満たした。
もう、触れる事の叶わない、あの人の代わりに。
ACT27.桜の簪
20071112
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