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『弁慶さんになら 騙されてもいい。
泣いたり嘆いたり、すると思うけど
絶対に恨んだりしない』
無邪気にこう言ってのけたのは、春の京邸での事だった。
あの時の私は有川くんが好きで、でも有川くんはただひたすら望美ちゃんを想っていた。
初めから分かりきって好きになったのに、京で再会してから‥‥‥二人を見るのが辛くて。
その想いをなくしてしまいたかった。
なのに、ねえ。
やっと気付いたあの人への想いだけは、
きっと捨てられそうに、ないよ。
涙は止まらなくて、
心がこんなに震えてるのに。
『絶対に恨んだりしない』
‥‥‥恨んだりなんて、出来そうにない。
だけど、このままじゃダメだって、それだけは分かっていた。
何か、きっと理由があるんだ。
私はそれを見つけたい。
それがどんなに
辛くても
ACT27.桜の簪
‥‥‥涙も、漏れる嗚咽も、底を尽き始めたのかもしれない。
ただひたすら泣いていたかった。
だけど身体が我に返るかのように、徐々に感覚は戻って来る。
泥を含んだ様に重い手足、反対に頭は空っぽになったように軽くなっていた。
ひとしきり泣くとスッキリしたのかも知れない。
それとも、麻痺してしまったのか。
まだ心は飽和したまま、ゆきはゆっくりと立ち上がった。
「う‥‥‥わあ‥‥凄いな」
暫くの間地面に座り込んでいたせいで着物は土で汚れ、袖は拭った涙と払った土が染みを作っていた。
目もきっと腫れ上がっているはず。
視界に白い靄がかかっているようで、前が霞んで見える。
一言で片付けるなら、惨憺たる状況。
(もう、なんでもいいや‥‥‥とにかく行こう)
それでもなるべくちゃんと整えよう、と足元の砂を払った。
それから、乱れた髪を撫で付ける。
「あ‥‥‥」
髪をかき上げた時、手に硬質な感触を覚えた。
するっと滑ったそれは、こん、という硬い音と共に地面に落ちる。
眼で追ったゆきは、それが何かに気付く。
‥‥‥また、涙が、溢れそうになった。
桜の花を象った銀色の簪は、弁慶が挿してくれたもの。
『君が笑ってくれるなら、僕も嬉しいですよ』
あの時の弁慶は、泣きそうな程優しく笑いかけてくれた。
震える指でそれを拾う。
指先に触れた簪から、金属独特の冷たさを感じた。
さっきの、弁慶の眼のように。
ゆきは簪をぎゅっと抱き締めた。
‥‥‥暫く俯いて、顔を上げた。
「よしっ!気合い入れるか!!」
簪を帯に挿して、両手の掌でぺちぺちと頬を二三回打てば、随分視界がスッキリした。
更にもう少し、平手を入れようとして‥‥‥手が止まる。
「‥‥‥‥‥‥覗き見るなんて趣味が悪いと思います」
頭が冴えた瞬間に、背後の気配に気付いたゆきは、振り返る事なく声を掛けた。
姿を見せるべきか、躊躇う気配。
‥‥‥そして、かさっと草を踏む沓音がした。
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