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這う様な舌がゆきの口内を、蹂躙していく。
ゆきの意思や、気持ちを全く無視して。


侵すように、傷付けるように。



まともな呼吸が出来ない。

深く、深い、激しい‥‥‥‥







黙らせる為だけの、キス。









彼の態度はとても冷たいのに
唇は真逆で、熱く蕩けそうになる。



徐に、唇が離れた。


「‥‥は、ぁっ‥‥」


紅潮した頬と潤んだ眼、うっすらと涙の滲むゆき。


「‥‥‥やっと、静かになりましたね」



一瞬だけ、背中に回る弁慶の腕に力が籠り、次の瞬間には突き飛ばされた。




「いたっ!‥‥‥弁慶さん‥‥?」




勢いで尻餅をついたゆきの全身に、微かに残った薬草の匂い。




(弁慶さん‥‥?)




さっきまでの熱は何処に消えたのか。


冷え切った氷の様な弁慶の眼差し。

見た事がない冷たい彼の眼差しを、
信じられない思いでゆきは見ていた。






「どうして‥‥‥」


何も喋らない弁慶に痺れを切らして、ゆきは尋ねる。


「何度も忠告したのに、君が黙らないからです」





「それはっ―――!」






【あなたを行かせたくないから】








思わず口から滑り出ようとした想いに気付き、息を呑んだ。

今、自分は何と言おうとした?







口を押さえたまま黙り込んだゆきを一瞥し、静かに外套を翻した。



「僕は、先に失礼します。
‥‥‥ああ、誰かに話したければ話せばいいでしょう」






座り込んだまま呆然としているゆき。





消えて行く背中をただ見つめる事しか許されていなかった。








たった今気付いた本心に、衝撃を隠せない。







笑顔で簡単に人を欺ける男。
明日には何食わぬ顔をして、また優しい言葉を囁きかけてくるのかもしれない。


「弁慶さん‥‥」






止まらない涙を両手で押さえた。



『京を救う手を考えねばなりません』



彼の頭にあるのは、京の人々の平安。

その為なら、龍神の神子すら駒にする事など厭わない男。
それどころか、その命さえも『尊い犠牲』だと考えている節がある。













‥‥‥彼に取って、神子ですらないゆきなど、利用する価値すらないだろう。


(弁慶さんが必要なのは、私なんかじゃない)











胸に宿る、溢れそうな気持ちにやっと気付いた。




あなたが去って行きそうで怖い、と叫びそうになった時に。











信じたくない。

だけどもう、信じるしかないほど強い想い。

ゆきは気付いてしまった。




よりにもよって

京の事しか考えてない彼を、

失恋するしかない弁慶を、








どうしようもなく愛してるなんて。















だけど宿ってしまった情熱は、
どうあがいても消えそうにない。



「弁慶さん。

べ、ん‥‥」



再び込み上げる熱い塊に、名を呼ぶ事すら出来なくなった。





嗚咽が止まらなくて苦しい。

















弁慶に、恋してる。

求められたのが自分の命であったなら、喜んで差し出したであろう程に、彼に墜ちていた。



「‥‥‥‥‥ふっ‥‥‥うぅっ‥く‥」





‥‥‥涙さえ焦げ付いてしまうほど、

胸が熱くて苦しかった。



















ACT26.夢から醒めた恋



20071104





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