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ではお待ちしておりますわ、との言葉が最後。

シュンッ!とリズヴァーンのように瞬時に姿を消した。






(怖かった‥・)







緊張の糸が切れたように、その場にぺたんと崩れ落ちた。

まだがたがたと震える体を両手で抱き締めて、ゆっくりと張り詰めた息を吐く。


怖かった。
頬に口接けられた時に走ったのは、純粋な恐怖。
以前に植え付けられた感情は、いとも簡単にゆきの思考を奪ってしまう。

怖くて何も考えられなくなるのだ。
助けを求めて、何度も彼の名前を呼んでしまう。





三草山で出会い福原で再会した、かの存在は。

北条政子という人の姿でありながら、その気配は決して人のものではなかった。




‥・怨霊、とも違う。





陰陽の理すら外れた、独特の存在が発する強烈な気。






‥‥‥と、ゆきは顔を上げる。

九郎と景時が、他の面々を連れて戻ってくる気配を感じた。





確か、政子は「森の奥に来い」と言った。

弁慶達に見つかればきっと、誤魔化してその場を離れる、なんて出来ないだろう。

厠に行ってきます作戦‥‥‥も、三度目はきっと通じない。








彼らの姿が見える前に、ゆきは近くの繁みに飛び込み隠れた。















真っ先に気付いたのは。



『弁慶がいない』










あの目立つ黒い外套が見当たらない。
その事がなぜこんなにも不安を覚えさせるのだろうか。








「あら?政子様がいらっしゃらないわ。兄上を呼ばれたのは政子様なのに」

「あ、ああほら忙しい方だからね〜!きっとすぐにこちらにおいでになるよ!!」

「‥‥‥そうだね。あれ?ゆきちゃんもいないよ」



突然出て来た自分の名前に首を竦めながら、ゆきは手印を結んだ。



「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」



九字を結び、自分の気配を周りの空気と同化させた。

これで気付かれにくくなるはず。







音を立てないように踵を返そうとするゆきは、強い視線を感じた。

一瞬このまま走ろうか、と思ったけど踏みとどまる。
今走ればきっと、足音を立ててしまい皆が気付いてしまうだろう。



それに無視して万が一でも声を掛けられてしまえば、全てが終わってしまうから。




そっと首だけ振り向いたゆきと眼が会ったのは。


(お願い。黙ってて‥‥‥景時さん)




彼は小さく頬を歪め、ゆきが森の奥へ消えて行くのを、

ただ静かに見ていた。


























この時私は、激しいまでの胸騒ぎにおかしくなりそうだった。











弁慶さんがいない。











ただそれだけで、こんなにも‥‥‥


どうかどうか間に合って、と

意味も分からず何度も呟きながら、ただひたすら森の奥へと走っていった。
















ACT25.落葉の序曲

20071101

 


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