(1/6)
頃は初秋。風の少し冷たくなりかけたとき。
燦々と輝く陽の光の中、季節外れの満開の桜の下にゆき達はいた。
「ゆき。随分と制御出来るようになったね」
「はい‥‥‥」
京に戻った翌日。
久々に訪れた土御門――安倍の邸。
師匠の土御門郁章は、ゆきを見るなり眼を細めた。
常なれば秋の桜など有り得ない光景。
だが、ここは安倍晴明の末裔が住む邸。
季節外れの花など不思議なものではない。
―――が、ゆきがこの邸に通い初めてからは初めてで。
驚き戸惑っていた。
「私、こんなの初めて見ました」
「結界を敷き、時間を勘違いさせる術の組み合わせだよ。大した事ではない」
それよりも、と郁章は続ける。
「‥‥‥この桜には呪を施した記憶はないのだが。ゆきが引き出したみたいだね」
「‥‥‥‥‥‥私?何もしてませんけど、師匠」
「ゆき。君の桜に対する思い入れが、花を咲かせたんだよ」
至極当然のように投げ掛けられた言葉。
やはり当然のように、ゆきは眼を見張る。
「思い入れ‥‥‥?」
「ゆきももう京に来て二年になる。そろそろ通って来る男もいるだろう?」
「いっいませんよ、そんな人」
呟きはとても小さく、ともすれば消え入りそうだった。
気を取り直し瞼を閉じて、ゆきは両の手を素早く動かした。
両手を前に組み、指を使い複雑な印を結んでゆく。
途端に桜の木は仄かに輝き、元の姿に戻るべく花を散らせていった。
ゆきが着ている淡い色の着物の背や肩に、はらはらと花びらが舞い落ちる。
その様はさながら絵巻物のようで、郁章は静かに見惚れていた。
ACT25.落葉の序曲
‥‥‥花を咲かせる程の、甘く優しいゆきの、桜の思い出。
ゆきは決して口にしなかったし、郁章も特に興味はない。
けれど。
「ゆきは十七だね。そろそろ景時殿も保護者として、君の結婚相手なんかを考えているのではないかな」
(集中、集中‥‥‥)
隣でからかう師の声がしても、ゆきは印を結び続けた。
「それとも、心に想う男でもいるのかい?」
(‥‥‥っ!!集中!!)
動揺せずに高度な術を使いこなす為の訓練。
それが今回、ゆきが土御門邸に来た理由だから。
息をゆっくりと吐いた。
「だとしたらきっと、普段から側にいる」
「いい加減にして下さい!!師匠っ!!」
呪を終えて、顔を真っ赤にしたゆきが叫ぶ。
同時に風が花びらを舞い上げた。
「はははっ。ゆきもなかなか頑張ったじゃないか」
「‥‥‥セクハラ師匠」
「何か言ったかい?」
「いいえ、何も」
季節を違えた花たちが、
青空に照らされた大地に還ってゆく。
大地を照らす陽。
栗色の髪に一筋の光。
花びらと同じ桜を象った簪が、光をキラキラ反射していた。
桜は、ゆきの胸と‥‥‥唇の熱を呼び覚ました。
前 次