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「本当にどうしたんですか、弁慶さん?」
弁慶の眼を、不意に下から覗き込む。
「‥‥‥僕はいつもと変わりませんよ」
「でも、何だかずっと気になって。最近の弁慶さん、少し・・・」
「少し?」
「元気ないって言うか・・・・・・ううん、普段と同じなんだけど。何て言うか、えっと・・・」
言葉がすぼみ、うーん、と考え出した。
顎に人差し指を当てて考える仕草。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫ですよ」
何もない、とは敢えて言わずに、代わりに大丈夫だと口にする。
言外に「それ以上は踏み込むな」と言う意思を感じたのだろう。
「それならいいです」
と小さく笑うゆきは何処か寂しそうだった。
しかし、と弁慶は考える。
自分の態度は常と変わらない様に気を配ったはずだったのだが。
九郎はともかく、人の変化に敏感な景時や、自分をよく知るヒノエだって気付いていないのに、ゆきだけが些細な変化に気付くとは。
(気をつけなければ)
これからの自分の行動は、何があっても気付かれる訳にはいかない。
「ね、弁慶さん。隣で月を見ていてもいいですか?」
「何だか口説かれている気がしますね」
「もうっ。どの辺が口説いているんですか」
「ふふっ、すみません。僕は別に構いませんよ。でも、寝ないと明日がつらいでしょう?」
「眠れないから‥‥‥」
呟いて、静かに月を見上げるゆきの横顔に弁慶は一瞬だけ見惚れた。
すぐに眼を逸らして月を眺める。
沈黙。
だけど暖かい空気に守られる静けさに、弁慶の口元に自然と笑みが浮かぶ。
暫く静かに月を眺めていたけれど。
‥‥やがて、かくんと隣で動く気配に、考え事を中断した。
「ゆき‥‥‥寝ましたか」
船を漕ぎ今にも前に倒れそうな上半身に、咄嗟に手を伸ばして支える。
こんな状態までいけば、彼女はもう起きないだろう。
「仕方ないですね」
と抱き上げてゆきの部屋に連れて行く。
腕の中で眠るゆき。
ずっしりと感じる重み。
それはゆきの命の重み、そのもののように感じて、弁慶は腕に力を込めた。
部屋に着き、褥にゆきを降ろした。
夜着の乱れを整えてやり、薄い掛け物をかける。
「‥‥‥おやすみ、ゆき」
君の見る夢が、幸せに満ちたものでありますように。
頬にかかる栗色の髪をそっと払い、うっすら開かれた紅い唇に口接けた。
溢れそうな想いと、同じ位の謝罪を込めて。
熊野の夜は
ゆっくりと明けてゆく。
運命の歯車が軋んで
廻り、はじめる
ACT24.月に願う、恋護唄(こもりうた)
20071022
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