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「ゆきちゃん、よく眠ってるなぁ」

「あの騒ぎでも寝てるって、やっぱり凄い姫君だぜ」

「ふふっ。本当に逞しいお姫様ですね」



弁慶の腕の中、ゆきの寝顔は安心しきっていて、心なしか笑んでいるように見えた。

その事に安心した望美は、不意に視線を感じる。

はぁ、と溜め息を吐いて、今までの時空で何度も言ってきた事を口にした。



「ヒノエくんが熊野別当だったんだね‥‥‥こんな事がなかったらずっと黙っているつもりだったの?」

「さあね、それはどうかな」

「酷いよ。仲間だと思っ」

「くしゅんっ!!‥‥‥さむいぃ‥‥‥」



望美の非難の言葉を遮る様に、ゆきがくしゃみをした。
小さく身を震わせて寝言らしきものを言う。


せっかくの深刻な雰囲気がぶち壊しだ。

弁慶はもちろん、ヒノエも望美も苦笑してしまい、和やかな空気が流れる。



(本当に、予想外の事ばっかりするんだから)



ゆきも一緒に海賊に拉致されたお陰で、弁慶と言う予想外の人物まで助けに来てしまった。
お陰でヒノエにこっそり聞きたかった事が、聞けなくなってしまったではないか。
ずっとこの機会を待っていたのに‥‥‥



(ヒノエくんが教えてくれない事は分かっているんだけどね。弁慶さんの事なんて)



だけど、その機会すら奪われた事。
ゆきが少しだけ恨めしいと思った。



「色々あって疲れただろ。話はそのうち聞くから、今は休みなよ」

「そうですよ。君はお疲れでしょう?休んだ方がいい」



弁慶とゆきから眼を逸らして、望美は頷いた。












ゆきが起きたのは、岸に着いてから。

待ち構えていた朔に、望美と二人同時に抱き締められた。







「そんな格好で、女だけで外に出る馬鹿があるか!」



と九郎に怒られた。



「ええっ!?」

「当たり前だゆき!お前も女だろう!」

「お前も女って‥‥‥‥‥‥な、何か理不尽な気がしてならないけど‥‥‥」

「ゆきちゃんは悪くありません!私を助けようとしてくれたのに!」

「そ、それは‥‥‥大体お前が飛び出すから!」

「都合が悪くなったからって話を逸らさないで下さい!!」

「何っ!?」



唖然とするゆきを尻目に、凄まじい勢いで言い争う九郎と望美。



(よくもあんなに早口で喋れるなあ‥‥‥)



妙な感心をしたゆきの肩を弁慶が、ポンと叩く。



「あの二人は放っておいて、宿に戻りましょうか」



眼をやると、朔達の後ろ姿は遥かに遠い。



「そうですね‥‥‥さっきは助けてくれてありがとうございました」



下げた頭を、弁慶が撫でた。



「いいえ。当然の事をしたまでですから」

「それでも助かりました。って、何があったのかよく分からないけど」



苦笑いしながら頭を掻くゆきが眼を上げると、弁慶はにっこりと微笑んだ。



「‥‥‥‥‥‥」

「・・・?どうかしましたか、ゆき?」

「・・・ううん、何でもない、です・・・・・・」



笑顔の弁慶に違和感を感じて、ゆきは首を捻った。















 



『それは‥‥‥仕方ありませんね』

『でしたら‥‥‥』

『わかりました。そうしましょう』



もう、動き出してしまった。
進み始めた帆は風を孕み、後は進むのみ。
戻る事はもうないだろう。

どんな形であれ自分で選んだ道。
後悔などする筈はない。




けれど‥‥‥




(君を泣かせてしまうかな)



それだけが、僅かな心残り。

















月が明るい。

そしていつもよりずっと近い。

仄かに輝く黄橙色の明かりが、柔らかく全てを包み込む。


熊野の最後の深夜。



今日のような眩い月に、重ねる面影はただひとつ。


自分と対極にある、真っ直ぐな‥‥‥。








ぱたぱた・・・と軽い足音が聞こえて弁慶は顔を綻ばせる。

足音はこちらに向かっていた。

一応、夜中だから遠慮してはいるのだろう。
寝てる者を起こさずには済むだろう。
もっとも、それが自分ならば、起きずにいられない。



振り返ろうか。
・・・と思い、やめた。

彼女が何と言って声を掛けて来るのか、それを聞くのも面白い。



「弁慶さん、何かあったんですか?」

「・・・・・・随分唐突ですね、ゆきは」



座りませんか、と隣を示すとはい、と大人しく座る。



挨拶も飛ばして、直球な質問。

人によっては不快だと受け取るかもしれないが、弁慶は小さく笑った。

いつだって真っ直ぐな彼女の事だから、それだけ自分を心配してくれたのだろう。

自惚れではない。
ゆきの性格を良くわかっているから導き出される答え。
伊達にずっと側にいる訳ではない。
もし側にいなかったとしても、単純なゆきの事ならすぐに分かるだろう。

‥‥‥別に相手が自分でなくとも、気を許した相手なら、ゆきは同じ様に心配をする。
ただそれだけの事だけだと。



「夏とは言え、夜は涼しくなりましたね」

「本当だ、座ってれば寒いですね。もうすぐ秋だもんね」



話を逸らした事に気付かないのか。

ゆきは、じっと月を見ていた。



「弁慶さん達と出会ってから、もうすぐ二年になりますね」

「‥‥‥ああ、そうですね。僕の前にかわいらしい姫君が舞い降りた日から、もうすぐ二年」



眼を見て言えば、赤くなるゆきの顔。月明りの下でも分かる変化に、弁慶はクスクス笑った。



「ヒノエみたいですよ」

「心外ですね。ですが、彼とはあながち無関係ではありませんから、似ている部分があってもおかしくないでしょう」

「そうなの?」

「ええ。でもそれ以上は秘密。ヒノエに怒られてしまいますから」

「弁慶さんってばやっぱり意地悪なんだから」

「ふふっ。ありがとうございます」

「褒めてませんってば」



少し膨れたゆきは弁慶を軽く睨む。
それが彼女に好意を持つ男に、どんな影響を与えるのか知らないのだろう。



自分の前でだけ見せて欲しい、と強く望んでしまう。
ずっと、閉じ込めてしまいたくなる。
彼女の眼に、誰も映さない様に‥‥‥。




 


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