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「ん‥」



目を覚ました望美は、ここが何処だか瞬時に理解した。

この時空では初めて見る、だけど何度も見て来た風景。



(そうだ!ゆきちゃん!?)



隣にはゆきが倒れていた。
一瞬ドキッとしたが、その胸が規則正しく上下しているのを確認してホッとする。



(良かった‥‥‥)



気持ち良さそうに眠っているゆきは、普段よりもずっと幼く見えた。














「気がついたか?お姫様」



当然の事ながら毎回同じ海賊の言葉に、望美はうんざりした。
伏せ眼がちに油断なく、周囲に眼を走らせた。
辺りには武器らしきものは転がってはいない。


男達の大きな掠れ声にも、ゆきはすやすや眠っていた。

男のうちの数人が、眠る彼女に眼を止める。



(‥‥‥ゆきちゃんが危ない)



頭らしい男は、望美の着物を上から下まで舐めるように見て、満足気に笑った。

そして、身代金目的で二人は誘拐されたと、親に金を払うように懇願の手紙を書け、と低い声で命じる。



「綺麗な着物を着たからってお姫様なんかじゃないよ!ただお洒落しただけじゃない!」

「クソッ‥‥‥ならば海に放り込むか」



頭の目配せを受けた二人の男が、未だ目を覚まさないゆきに手を伸ばす。



「この子に何するの!?」

「なぁに、子供には刺激が強過ぎるかな?ちょっと楽しませて貰うだけだ」

「あっちのお嬢ちゃんには動けなくされたからね。たっぷりお礼をさせて貰わないとな!」

「足腰立たねぇ位にな!」



ガハハ!と下劣な笑いがその場を占める。



(早く‥早く来てよヒノエくん!!)



今までなら自分一人だけ拉致されて、何もない内に助けが来たのに‥‥‥。
ギリ、と歯を食いしばる望美の両手を締め上げ、頭は笑った。



「‥‥‥‥‥うう‥ん‥‥」



横向きに眠るゆきが、仰向けに転がされる。
こんな時にでも寝ていられるのは、何故だろうか。


胸元に、汚い男達の手が伸びて襟を掴んだ。





 







「待ちな」


「ヒノエくん!!」



突然沸いた新たな声。

海賊達は一様に殺気立った。

軽やかに甲板に立つヒノエは望美を見て、そしてゆきの姿を確認する。

‥‥襟が広げられ、白い肩が剥き出されていた。
途端にスッと細められた眼。




「誰だテメェ‥‥」



ヒノエに視線が集中している。

その隙にと、望美は頭の手を振り払い、ゆきに飛び付いた。


正に危機一髪だった。



「オレの事を知らない?」



静かな口調に押さえられた、静かな怒り。



「オレは熊野別当、藤原湛増。オレの姫君達を誘拐したんだ。覚悟しな!」



ざわつく船内。
男達が動揺する中、頭と呼ばれた人物は余裕の笑みを浮かべた。

大剣の切っ先をヒノエに向ける。



「フン。一人で何が出来る?」








「‥‥‥残念ながら、一人ではありませんよ」









ゆっくりとした声と同時に、男の首筋にぴったり当てられた長刀。
‥‥‥‥‥何の気配もなく唐突に、訪れた背後の男。



「動けば容赦しません」



口調は静かで、いっそ女性と見紛う容貌。

だが、全身から発せられる無言の圧力は、凍り付かせるには充分のもので。



‥‥‥今度こそ海賊達は肝を冷やした。
























「何、あんたもう来たわけ?」

「当然でしょう?水軍の皆さんは近くにいたので、本拠地まで応援を呼びに行く必要なかったんですよ」

「はぁ〜‥‥‥美味しい所、持って行きやがって」

「君も充分に活躍したじゃないですか」



弁慶と共にやってきた水軍の部下達に海賊を任せて、望美達は船を移った。
船はゆっくり岸へと向かっている。

笑顔で呑気に会話をしながら、弁慶は抱きかかえたゆきを離さない。

ヒノエが一度、代わろうかと申し出たが、綺麗に無視して今に至っていた。


いつの間にか、乱れた襟は直されている。
間違いなく弁慶が直したのだろう。




  


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