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‥‥‥それは一瞬の事だった。



ようやく辿り着いた熊野川のほとり。
佇んでいた一人の女房姿の女に話しかけられて、九郎と共に聞いていた将臣だったが。


女の話の矛盾に気付き「おかしいんじゃねぇか?」と口を開いたその時、




「近付いちゃダメだよ!」




緊迫したゆきの声。



「ゆき?」

「何をする!?」




何か、紙を握り締めて走って来ている。

それが札だと分かったのは、次の瞬間。



「急急如律令!呪符退魔!」

「は‥?」





聞き慣れない言葉に将臣が驚くのと同時、









紅い光が女を直撃した。










ACT24.月に願う、恋護唄(こもりうた)










「何だ?」

「何をやっているんだゆき!!」



ますます眼を見開く将臣の横で、九郎はゆきに怒鳴る。



「だって!」


「ウ‥‥‥ウグァァァ!!」



ゆきの声と重なる唸り声。
一撃を食らった女は叫びながらその姿を変えていった。



醜い怨霊の姿へと



「ゆきちゃん!」

「望美ちゃん、任せたよ」

「任せといて!‥‥‥行くよ!」



腰に差した両刃剣を抜きながら、望美は走った。
望美の合図と共に、一同は武器を構える。


ゆきの不意打ちの一撃により、その正体を顕せずにいられなかった怨霊。

怒り狂いながら近くにいた―――将臣と九郎に躍りかかった。



「将臣!」

「OK!行くぜ九郎!」



二人同時に左右から切りかかる。

深手を負わせるかと思った攻撃は、ぬるっと滑るものに阻まれて大した傷をつけられなかった。



「今のは何だ?」

「蛙なだけに表面ヌルヌルか?気持ち悪ぃ」



二人は体勢を立て直して、もう一撃を繰り出すべく構えた。



「ヒノエくん!弁慶さん!」

「行くぜ、姫君!」

「いきましょう!―――地裂震!!」



揺れる地面。巻き上がった石礫が怨霊を直撃する。



「ギャァァア!!」


「埒があきませんね、望美さん!」

「なら‥‥‥譲くん!眼を狙って!」

「春日先輩、わかりました。やってみます!」



後列の譲は望美に頷くと、弓に矢を番えた。

動き回る怨霊と八葉に翻弄されぬ様に、呼吸を整えていく。



精神を集中する。



ゆっくりと意識を風に委ねていく‥‥‥



譲に気付いた怨霊が、粘膜のような水気の塊を飛ばした。



「譲くん!危ない!」

「譲!」



景時と将臣の声が聞こえる。



(‥‥‥今だ!!!)



譲は避ける事もせず弓を放つと、
来たるべき怨霊の一撃に備えて眼を瞑る。





ズ・・・・・・ン!!



「ギ‥‥‥‥ギャアアぁアア!!」



「めぐれ天の声!

 響け地の声!

 かのものを封印せよ!」




予想していた衝撃はいつまで待っても来ず、代わりに怨霊の断末魔が聞こえた。
続けざまに、望美の封印する声と、硝子が割れるような音。



・・譲が眼を開けると、前に広がるのは透明で輝く壁。



「‥‥‥結界?元宮か?」



振り返ると、背後で元同級生の陰陽師がにこにこと手を振っていた。



「元宮!助かった!」

「どう致しまして、有川くん!」



譲も手を降り返した。













「流石だな、譲の腕は」

「ありがとうございます、九郎さん。でも、元宮のお陰ですから」

「そんな事ないよ。私が何もしなくても、有川くんの攻撃は当たっていたもん」

「いや、そうじゃなくて助けてくれたから」



ありがとう、と言うと「へへっ」と嬉しそうに笑った。



「ゆきは何故、あれが怨霊だと分かったの?」



朔の問いに、事もなげに答える。



「分かるよ。人の姿を取っていても、怨霊の気には生命の流れがないから」



敦盛はハッと顔を上げた。



(やはり、ゆきは)


間違いない。

ゆきは初めから、自分の正体を知っているのだ。

ヒノエと眼が合うと、彼はウィンクを一つ寄越した。



『友達になりたい』


自分が怨霊であると知っていてなお、ゆきが望むなら‥‥‥。


(友達、に‥‥‥喜んでなろう)


そう、思った。












一方、望美もまたゆきの言葉の意味を考えていた。



(だから敦盛くんは八葉だと言った時に、驚いてたんだね)



今までとは、明らかに『ゆき』が違う。
この運命が、一体どこに流れ着くのかもう解らない。


(将臣くん、早くゆきちゃんを連れていってよ)


これ以上、彼女が変わらない為に‥‥‥。

祈る様な望美の目線の先で、将臣はじっとゆきを見ていた。



  


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