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熊野灘沿岸を北上して、西へ路を辿れば熊野灘の中程に出られる。
‥‥‥との敦盛の言葉を受けて、一行は北を目指した。
途中、那智大社で弁慶が休憩を申し出た。
望美と将臣、譲が那智の滝に行くと言い、ゆきを誘ってきたが首を振る。
そして人目を避けるように奥の鎮守のの森へと消えていった、弁慶を追いかけようとして‥‥‥足を止めた。
『目が勝手にその人を追うの』
(違うよ、そんなんじゃない)
視界の隅では、九郎とリズヴァーンが剣の稽古をしている。
‥‥‥恋は、もういやだ。
切なくて、泣きそうになる想いなど、もうしたくはない。
日置川の崖から落ちた望美を、譲が抱きしめているのを見た時。
平気でいる自分にやっと安心したのだから。
やっと、もう普通でいられるのに。
もう、思い通りにならない感情は、いらない。
(私はもっと強くなって、皆と一緒にいたいよ)
ただ、それだけでいい。
「ゆき、兄上と参拝しようと思うんだけど、一緒に行かないかしら?」
「うん行く!!ヒノエと敦盛くんもどう?」
「オレはいいよ。姫君たちで行ってきな」
「私は‥‥‥」
「あ、そっか」
(敦盛くんは怨霊だった)
もし結界などがあれば、困るだろう。
そう思い「行ってくるね、」と言い置いてその場を後にした。
残された敦盛は、ヒノエを見る。
紅の眼に宿る理知的な光に、敦盛は半ば答えを見つけた。
「ヒノエ‥‥‥」
「多分ね。さすがはゆき、といった所かな」
彼女はきっと知っている。
敦盛が怨霊であることを。
その上で何も言わず、ただ「友達になりたい」と言ったゆきの真意がわからなかった。
「敦盛」
顔を上げる。
ヒノエが敦盛の緊張を解すようにニヤッと笑った。
「ゆきは何も考えていないと、オレは思うけど?」
ただ純粋に、友達になりたいんだと。
ヒノエはそう言いたいのか。
‥‥‥穢れたこの自分と。
「ね、朔」
「どうしたの?」
「‥‥‥黒龍のこと、好き?」
那智大社の神手を合わせながら、ゆきは聞いた。
胸のうちに滲む緊張を抑えながら。
一度だけ朔から聞いた、今は会えない恋人の名を。
「ええ、好きよ。誰よりも愛しているわ」
一瞬の躊躇もなく返ってくる。
朔は今、手を合わせて何を願っているのだろうか。
ゆきは泣きそうになった。
愛する人に会えなくて、出家して尼僧となった彼女。
それでも、今でも忘れられることはないのだろう。
命を賭けた恋、とはこういう事なのかもしれない。
「‥‥‥ゆき」
急に名前を呼ばれて、我に返る。
瞳は伏せたまま。手を合わせて、朔は言った。
「怖いの?」
「‥‥‥うん。このままでいたいよ」
「大丈夫。人を愛することは、辛い事もあるけど強くなれるわ」
そこで眼を開けて、朔はにっこりと笑う。
女のゆきが見惚れる程、綺麗な笑顔だった。
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