(3/4)





熊野灘沿岸を北上して、西へ路を辿れば熊野灘の中程に出られる。

‥‥‥との敦盛の言葉を受けて、一行は北を目指した。




途中、那智大社で弁慶が休憩を申し出た。

望美と将臣、譲が那智の滝に行くと言い、ゆきを誘ってきたが首を振る。


そして人目を避けるように奥の鎮守のの森へと消えていった、弁慶を追いかけようとして‥‥‥足を止めた。












『目が勝手にその人を追うの』













(違うよ、そんなんじゃない)



視界の隅では、九郎とリズヴァーンが剣の稽古をしている。




‥‥‥恋は、もういやだ。

切なくて、泣きそうになる想いなど、もうしたくはない。

日置川の崖から落ちた望美を、譲が抱きしめているのを見た時。
平気でいる自分にやっと安心したのだから。
やっと、もう普通でいられるのに。

もう、思い通りにならない感情は、いらない。


(私はもっと強くなって、皆と一緒にいたいよ)


ただ、それだけでいい。



「ゆき、兄上と参拝しようと思うんだけど、一緒に行かないかしら?」

「うん行く!!ヒノエと敦盛くんもどう?」

「オレはいいよ。姫君たちで行ってきな」

「私は‥‥‥」

「あ、そっか」



(敦盛くんは怨霊だった)



もし結界などがあれば、困るだろう。

そう思い「行ってくるね、」と言い置いてその場を後にした。


残された敦盛は、ヒノエを見る。

紅の眼に宿る理知的な光に、敦盛は半ば答えを見つけた。



「ヒノエ‥‥‥」

「多分ね。さすがはゆき、といった所かな」



彼女はきっと知っている。
敦盛が怨霊であることを。


その上で何も言わず、ただ「友達になりたい」と言ったゆきの真意がわからなかった。



「敦盛」




顔を上げる。
ヒノエが敦盛の緊張を解すようにニヤッと笑った。



「ゆきは何も考えていないと、オレは思うけど?」



ただ純粋に、友達になりたいんだと。
ヒノエはそう言いたいのか。

‥‥‥穢れたこの自分と。






















「ね、朔」

「どうしたの?」

「‥‥‥黒龍のこと、好き?」



那智大社の神手を合わせながら、ゆきは聞いた。
胸のうちに滲む緊張を抑えながら。
一度だけ朔から聞いた、今は会えない恋人の名を。



「ええ、好きよ。誰よりも愛しているわ」



一瞬の躊躇もなく返ってくる。
朔は今、手を合わせて何を願っているのだろうか。

ゆきは泣きそうになった。

愛する人に会えなくて、出家して尼僧となった彼女。
それでも、今でも忘れられることはないのだろう。
命を賭けた恋、とはこういう事なのかもしれない。



「‥‥‥ゆき」



急に名前を呼ばれて、我に返る。
瞳は伏せたまま。手を合わせて、朔は言った。


「怖いの?」

「‥‥‥うん。このままでいたいよ」

「大丈夫。人を愛することは、辛い事もあるけど強くなれるわ」



そこで眼を開けて、朔はにっこりと笑う。
女のゆきが見惚れる程、綺麗な笑顔だった。












BACK
栞を挟む
×
- ナノ -