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調査から戻った弁慶に診察を受けて、ゆきは廊下をスキップした。
いつもなら熱が引いた後、最低一日は寝具に軟禁を言い渡されるのだが、ここは邸ではない。
「宿の中なら動いてもいいですよ」
「ほんと!?」
「但し、走らない様にしてくださいね‥‥‥って、言った傍から‥‥‥」
弁慶の言葉が終わるや否や、喜び勇んだゆきは走って行った。
後でたっぷり説教してあげましょう、と弁慶は愉しそうに小さく笑う。
その日の夜、弁慶の言葉通り‥‥‥にこやかな彼と、半泣きのゆきの姿が目撃された。
間に入ろうとする者もいたが。
黒い圧力に、何も言えずに退散していった、らしい。
「いいからいいから」
「しかし、ゆき、ヒノエ‥‥‥」
「仕方ないだろ?まさかオレの姫君の頼みを断るなんて事、ないよな?」
ヒノエが敦盛をじろっと睨む。
「いや、そんなつもりは。だが‥‥‥」
(無駄だと思う)
‥‥‥いそいそと準備を始める二人を、どうしても静止出来ない敦盛は葛藤していた。
(私が穢れているからなのか‥‥‥止められなくて、すまない)
敦盛は動揺しているらしい。
彼を余所にヒノエとゆきは、顔をつき合わせて何やら楽しそうに話していた。
「間違いないって」
「ほんとに?信じるからね、ヒノエ!!」
「ゆき、ヒノエ‥‥‥もう黙ったほうがいい」
「何言ってるんだ敦盛。それより見張りを続けなよ」
ふと、気配を感じたヒノエが顔を上げると、
困った顔の敦盛の横にいつの間に来ていたのか、最も苦手な男が微笑んでいた。
途端にげんなりする。
「楽しそうですねゆき、何の話をしているんですか?」
「えっとね、弁慶さんの弱点を教えて貰っ‥‥‥あっ」
「馬鹿‥‥」
いざという時は気配に敏感な少女は、気が抜けると鈍感になる事をヒノエは失念していた。
「僕に弱点ですか?」
言外に、弱点など存在するとお思い?と言わんばかり。
ゆきの背に冷や汗が伝う。
「逃げろ!!」
「えええっ!?」
「ゆきっ?」
ゆきの手をヒノエが引き、敦盛の手を咄嗟にゆきが掴み、三人は仲良く宿を飛び出した。
ゆきの髪、キラキラと陽光を浴びて光る桜の簪を、弁慶は眩しく思う。
かくして「昨夜の弁慶への腹いせ☆大作戦」(ゆき命名)は不発のまま幕を閉じた。
「弁慶、何かあった?」
「いいえ。何も」
部屋に入ると茶を手渡しながら景時が問う。
否定しながら、自分はどんな顔をしているのか、と弁慶は考えた。
ゆきとヒノエが敦盛を拉致して(?)無事、何も言われずに済んで、数日が過ぎた。
「まだ水が引かないのか?」
九郎が苛々としている。
彼としては一刻も早く熊野別当に会いたいのだろう。
「確かにここずっとだなんて、尋常じゃないね」
「やっぱり穢れた水気を感じるよ」
「穢れた‥‥‥怨霊?」
ヒノエと白龍の言葉を受け、難しい表情を浮かべる望美。
「熊野川の中程に行ったけど、障気が凄くて本体が現われないんだよね」
「あっ、私が寝込んでいる間に調査に行ったって‥‥」
「うん、ごめんね。置いて行っちゃって」
「あはは、そんなの全然。ところでどうすればいいのかなあ?」
首を傾げるゆきに天からの助けの様に、敦盛が言った。
「あんたたち、白龍の神子の噂を聞いたかい?」
勝浦の町外れ、一人の行商人が望美に話しかけた。
ゆきと朔の眼が輝く。
「白龍の神子がどうかしたんですか?」
「何でも熊野の頭領が白龍の神子って姫君に、一目惚れしたらしいんだよ」
え、とゆきは伏せた眼でヒノエを見たのを、弁慶だけが気付いた。
(やっぱり彼女は気づいているのか‥‥‥)
ヒノエの正体を。弁慶の眼に力が篭る。
「どんな美人なんだろう。きっと、淑やかで上品な姫君だろうね」
「まぁ、その話詳しく教えてくれませんか」
朔が聞き出そうとすると、それ以上は知らないよ、と行商人は立ち去った。
「お前、本宮に行って棟梁に会ったら、淑やかな姫君で通せ」
「えぇっ!?やだよ、九郎さん!!」
「いいから!頼む、な!」
九郎と望美のやり取りを横目に、ゆきは小声で囁いた。
「将臣くん、笑いすぎ‥‥‥」
「だ、だってよ、淑やかで上品な‥‥‥くくっ‥‥‥」
将臣は静かに肩を震わせている。
釣られて笑いそうになるゆきは、必死に俯いて堪えた。
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