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「ん〜‥‥‥良く寝たっ!」
ゆきは大きく伸びをした。
途端、腹の音が空腹を訴える。
「すっごくスッキリしたらお腹空いちゃったな‥‥‥」
三日間、寝込んでいたゆきが褥を抜けだしたのは、昼に差し掛かる手前の事だった。
着替えて軽く身形を整える。
襖を開けると、縁側で話し込んでいたリズヴァーンと九郎が振り向いた。
「おはようございます、九郎さん!リズ先生!」
「ああ。おはよう、ゆき」
「気分はどうだ?」
「すっかり元気ですよ。今なら全力で舞えそうです!」
「舞ってどうするんだ。大体お前、舞など興味がないんじゃないのか」
「だから全力で。気合いを入れて」
にこやかなゆきに、「その様子なら元気そうだな」と九郎はホッとした。
「足止めしてすみませんでした」
「は?‥‥‥ああ、熊野川の水はまだ引いてないからな。お前が足止めした訳じゃない。だから、気にするな」
ホッとして笑うゆきは、隣のリズヴァーンを見上げるとその表情を引き締めた。
「リズ先生‥‥‥京に戻ったら、お願いを聞いて貰えませんか?」
「願い?」
「はい。大切なお願いです」
「私で良ければ構わない」
リズヴァーンは強く頷いた。
「ありがとうございます!じゃ、何か食べて来ます!」
再び嬉しそうに笑うと、ゆきは廊下を走って行った。
「病み上がりに走るとまた転ぶぞ!」
後ろ姿に九郎が声を掛ける。
「だいじょう‥ぎゃあっ」
威勢の良い叫び声とドタッという音に、九郎は苦笑しながらゆきを起こしに行った。
「‥‥‥‥‥‥」
朝日を浴びるリズヴァーンの眼が、先程より険しいものとなる。
そして、潮の香を乗せてくる風の行く先をじっと睨んだ。
ACT23.目隠しの花
「ご飯」
「‥‥‥何で俺の顔見て「ご飯」しか言えないんだよ元宮。反抗期の息子か」
「‥‥‥あそっか。えっと、お母さんご飯?」
「誰がお母さんだよ」
何故に、同級生であり時空のズレで一つ年上になったゆきに、母親扱いされるんだ。
と思いながら、譲は腰を上げて厨へと向かって行った。
「譲ママ‥‥‥素敵」
ゆきが乙女な感じに手を組んで言い、それを見た室内にいた面々――望美と白龍と梶原兄妹が笑った事に、気付かない譲は幸せだろう。
「ゆき、もういいの?」
「うん。ありがとう!朔!‥‥‥あれ、景時さん。弁慶さん達は?」
「弁慶と将臣くんは熊野川の調査に行ったよ」
「ヒノエくんと敦盛さんも出掛けたよ!」
景時と望美が一人分の間を開けて、ゆきを手招きした。
「おはよう!ゆき!!」
呼ばれて我にかえる。
一瞬「この人だれ?」と首を傾げたが、すぐに思い出す。
清らかな神気。
「おはよう!白龍!」
目が合うと、青年姿の白龍がにこにこしながら聞いてきた。
「ねぇゆき、恋ってなに?」
「‥‥‥‥恋?どうしたの、突然」
ゆきはきょとんとする。
「今、神子が教えてくれた。恋の好きってなに?人の言葉では難しいよ」
問われて、ゆきはう〜ん‥‥と顎に人差し指を当てて考えた。
難しい表情を浮かべるゆきを、朔と景時が優しく見守る。
「恋の好きって言うのはね、白龍。
気が付けばその人の事を考えてたり、その人の一言を、胸で何度も繰り返したり‥‥‥」
「うん!」
「自分でも、無意識のうちに、気が付けば目がその人を‥‥‥」
「‥‥‥目がその人を?」
「‥‥‥勝手に‥‥‥追うの」
ゆきは、覗き込んでくる白龍の瞳を逸らした。
(‥‥‥まさか、ね。有り得ないよ)
どうして、こんな時に浮かぶ面影が彼なのか。
ゆきは考えない事にした。
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