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将臣がゆきの部屋を横切ったのは、偶然だった。



「‥‥‥‥いやぁっ!!‥‥」



小さな悲鳴に、驚いて襖を開けた。



「ゆき、どうした?」



ゆきは寝具の上で眠っていた。



「‥‥‥寝言か?」



呟いて襖を閉めようとした将臣の耳に、再びゆきの声が飛び込む。



「おと‥さん‥‥‥おかあさん‥‥‥」



(親の夢?)



「ゆき?しっかりしろ!それは夢だ!」


声を掛けながら、中に入る。









『元宮は両親を事故で亡くしたんだよ。自分一人だけ生き残ったんだって』









まだ元の時空にいた時、譲から聞かされた言葉を思い出した。

夜中だからとか、女の部屋に無断で入るとか、そんな事は頭から消えている。


ただ、両親を悲痛な声で呼ぶゆきに、
いても立ってもいられなかった。



「‥‥‥‥‥で‥‥」



ゆきの目尻から幾筋も涙が流れて、こめかみを伝う。



「いかな‥‥‥で‥‥‥」


「ゆき‥‥‥大丈夫だから‥‥」



流れた涙を指先で拭き取ってやる。

それから額を撫でてやると、ホッとしたようにゆきが小さく息を吐いた。



「‥‥‥ゆき。お前が望むなら、俺がいるから」



ただ、ゆきを守りたいと思った。


溢れる愛しさのまま
眠るゆきの唇を、指先で辿る。










途端に背後から、殺意の混じった気。
やっぱりな、と一人ごちて、肩越しに背後を見る。







「寝込みを襲うなんて感心しませんね」

「‥‥‥起きてればいいってのか?」

「それを決めるのは僕じゃなくて、彼女でしょう」



いつから見ていたのか。

彼は、戸口に身体を凭せ掛けて立っていた。

夜だからか、外套を身に着けていない。
月の光を受けて、蜜色の髪が静かに煌めいている。




あくまでもにこやかに言ってのける弁慶に、将臣は冷たい視線を投げ掛けた。



(よく言うぜ。そんな悠長な事しねぇだろうが)



「こいつが俺を選べばいいのか?」

「‥‥‥ですから僕が決めるわけではありませんよ」

「随分と余裕だな」

「余裕?そんなものある訳ないでしょう」



クスクス笑いながら、弁慶はゆきの寝顔を見る。
その表情が、将臣には意外なものだった。



「いつも必死ですよ、僕は‥‥‥」

「ああ、そうかよ‥‥‥コイツ、うなされていたぜ?医者ならちゃんと看てやれよ」



部屋を出る時、弁慶と擦れ違いざま言う将臣。



「‥‥‥分かりました。ありがとう、将臣くん」



まるでゆきは自分のものだと言わんばかりに‥‥‥。


わざと礼を言う弁慶を、気に入らないと思うのは当然の事だった。
















ACT22.隠れ月国で見る夢は





20071016  


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