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「ああ、良かった。皆さん、まだ出掛けてなかったんですね」

「へぇ。帰って来るのが早いじゃん。姫君を案内する場所に困ったわけ?」

「そうじゃありませんよ、ヒノエ。残念ながら良くない知らせを聞いたので、戻って来たんです」



そこで一旦区切って、皆の注目が集まったのを確認した。



「熊野川が増水してしまって、今は本宮へ向かう道が通れないそうですよ」

「何だって?ここまで来て先へ進めないなんて冗談じゃないぞ」



九郎は眉根をきつく寄せ、うめく。
勝浦に来れば、本宮まであと少し。
一刻も早く熊野の頭領と面会したいのだろう。
焦りと苛立ちを隠せない。



「へぇ‥‥‥オレはそんな話、初耳だぜ。ホントか?」



ヒノエが訝しげに尋ねると、弁慶が黙って頷く。

いつもならここで、笑顔の弁慶から嫌味のひとつふたつは零れ落ちる筈なのに。



「なぁ、あんた‥‥」

「まぁまぁ、川が通れないのは二〜三日の事だろうからさ。水が引くまで勝浦で待とうよ」




ヒノエの声は、景時のそれに被さって途切れた。

確かに景時の言う通りだと九郎が呟き、そのまま一行は勝浦に止まる事にした。



その決定はある意味正解だった。











ゆきはその晩、発熱したのだから‥‥‥


他に風邪の兆候なども見当たらず、首を傾げる朔達だったが。










それが知恵熱だと知るのは、唯一人。

原因となる人物だった。





















ゆきは夢を見ていた。

両親と、永遠に別れたあの初秋の日を。










『楽しかったね、ゆきちゃん!』

『お母さんは猿を見てこうふんしすぎだよ』

『だって、‥‥‥くんに似てたから。ねぇ?』

『‥‥‥お父さん、笑ったら?こらえるのは良くないよ?』

『‥‥‥気の所為だ』


動物園から帰る、電車の中での会話。
あの時はたまたま車を修理に出していて、『電車もたまにはいいね』って笑っていたっけ。




キ‥‥‥キキィィーッ!!

急ブレーキの音。
車輪が軋む甲高い音を立てて、止まろうとするが間に合わない。

ガタンッ!!!と激しく揺れる。

人が雪崩の様に倒れ‥‥‥‥‥‥‥


『あかね!ゆき!』

『ゆきちゃんっ!!』


父の声と母の声と、同時に被さる柔らかいモノ。












その直後、耳をつんざく大音響。


『‥‥‥‥‥‥っ!!!‥‥』


身体に走る激しい打撃に、息が止まり‥‥‥‥‥‥。




意識を失う前に視界に飛び込んだものは、

彼女を包む緑の髪と茜色の髪と、
大量の土砂。


仄かに白く光る、父が作った結界‥‥‥





そして、


『おね‥‥‥い‥‥‥ゆきちゃ‥‥』


耳に残る母の、最後の声。








あの日、ゆきと両親を乗せて山道を走る電車は、巨大な落石による大惨事に巻き込まれてしまった。

数日前からの雨により地盤が緩んでいたのが原因だった。

‥‥‥と、ゆきが聞いたのは随分後の事。





落石の直撃を受けた車両での生存者は

‥‥‥安倍 ゆき。

退院した後に元宮姓を名乗る事となった、
十一歳の少女ただ一人だった。







『お願い龍神様、ゆきちゃんを助けて』



もしかしたら、母の最後の言葉は

龍神への願いだったのかもしれない‥‥‥




夢の中で、ゆきは思った。




 
 


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