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勝浦と言う町は人が多くて、軒並ぶ店に鮮やかな品々が立ち並んでいる。

一見して伝わる活気に、朔は素直な感想を漏らした。



「勝浦は想ったより大きな町ね。きっと港があるからね」

「賑やかでいい町だろ?オレ、この町にはちょっと詳しくてね。いいトコへ案内してやるよ、姫君達」



ヒノエが誘いかける様に笑う。



「で、せっかく海が近いんだし、泳ぎに行かないかい?」

「この暑い中浜辺へ行くの、面倒くねぇ?」

「私は―――辞めておく」

「別に野郎には聞いてないけど」



顔をしかめて答えた将臣と敦盛に、ヒノエはうんざりした。

弾ける様に笑う少女達。
笑顔を見守る男達の、視線も優しいものとなる。



「冗談はさておき僕としては熊野三山の動静が気になりますね。ちょっと町へ出掛けて来ます‥‥‥ゆき、一緒に行きませんか?」

「へ?‥‥‥はぁ‥」



突然話を振られたゆきはきょとんとしている。



「勝浦の町を案内すると言ったでしょう?」



艶やかな弁慶の笑顔に一瞬見惚れながら、


(あれ?そんな約束したっけ?)


と、ゆきは首を傾げた。
一瞬の後、強く頷く。



「そうでしたね。お願いします」



にっこりと笑い返した。
もしかしたら、何か話があるかもしれない。
確たる証拠などないけれど。



「ゆき」



弁慶に続いて宿を出ようとした所を呼び止められる。



「将臣くん。何?」

「‥‥‥いや。気をつけてな」



ぽんぽん、と頭を叩く大きな手。

元の世界で、学校の屋上で、廊下で。
何度もこうして撫でてくれたな、と懐かしく思う。

‥‥‥今思えばそんな時は、決まって落ち込んでいた時で。


そして、今も‥‥‥。



「ありがとう。行ってくるね」



笑顔のゆきに眼を細め、将臣は見下ろした彼女の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
















「‥‥‥ね、弁慶さん。約束なんかしてないですよね?」

「さぁ、どうでしょうか?」

「‥‥‥もう!そうやってすぐはぐらかすんだから」



頬を膨らませながら、ふい、と視線を逸らす少女が面白くて、弁慶はクスクス笑う。

途端に渋面を浮かべるゆき。
こんな所は子供っぽさが抜け切れなくて、その事に安堵する。


万華鏡の様に、表情をくるくると変えるゆきは、自分に無いものを持っているから。



「あ‥‥‥」



微かに聞こえた小さな声。
視線を向ければ、ゆきが何を見ているのかすぐに分かった。



「すみません、これを頂けませんか」



彼女の視線を奪ったものに手を伸ばした弁慶は、露店の店主に代金を支払う。



「ゆき、じっとして下さい」

「え?」



眼が点になったまま固まっているゆきの髪に触れる。

桜を象った銀の髪飾りを差してやると、驚き過ぎて声も出ないようだ。



「ふふっ、よくお似合いですよ」

「‥‥‥‥‥‥ありがとう、ございます」



(どうして弁慶さんにはお見通しなんだろう)



桜の簪に、思わず見惚れてしまった事を。








あまりに嬉しい時、人は泣きそうになるらしい。




「‥‥‥凄く嬉しいです。大切に、します」

「君が笑ってくれるなら、僕も嬉しいですよ」



弁慶の笑顔に、またドキドキした。






  
 


あれからすぐ、店の主人からとんでもない事実を聞いた二人。
宿に戻るべく歩いていた。

出掛けてからすぐの事だったが、仕方ない。



「何か話があったんじゃないですか?今でよければ話して下さい」



わざわざ口実を作ってゆきを誘ったくらいだから、余人に聞かれたくないのかもしれない。

隣を見ると、弁慶がふいに足を止めた。
釣られてゆきも足を止める。



「‥‥‥ただ君を案内したかっただけなんですよ」

「どうして私なんですか?」



話がないのならなぜ、自分だけをこうして誘ったのだろうか。

望美や朔だっているのに。
もちろん弁慶が誘ってくれた事は嬉しいが、その理由が分からない。
何か困った事が起こったのだろうか。
ゆきの力が必要な何かが。



「もしかして、何か困った事でもあったんじゃないですか?」

「困った事、ですか?」



ゆきは大真面目に頷いた。
弁慶はそんなゆきを面白そうに見ている。



「また水脈が乱れた、とか‥‥‥大した事は出来ないけど私、弁慶さんの力になりたいです」

「‥‥‥何故?」

「なぜって‥‥‥」



そんなの、決まっている。



「弁慶さんは、いつも私を助けてくれたから‥‥‥大切な人だから」



恥ずかしくて思わず俯いたゆきを、弁慶は見ていた。
静かに口を開く。



「‥‥‥それだけ?」

「ダメですか?力になりたいのに」




溜め息が聞こえた。




見上げたゆきが見た弁慶はいつものように笑んでいる。

だけど視線はいつになく鋭い。



「そう、ですね‥‥‥‥では協力を、お願いしてもいいですか?」

「はい!」



視線がぶつかる。

暫くの沈黙。



伸ばされた弁慶の腕に、言葉が詰まった。



「君にしか、出来ない事なんです」



そっと、肩を掴まれる。

手から発される熱を、肩越しに感じる。
着物を通して伝わってくるものに、ゆきは瞠目した。
動けないのはどうしてだろう‥‥‥。



「‥君を‥‥‥‥‥」

「え、なにっ‥‥‥」




呟きが聞こえず、問い返そうとしたゆきの


‥‥‥柔らかい唇が、弁慶のそれに塞がれる。








二度目のキスは、

何故か胸が苦しかった。




 


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