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『おい』

『‥‥‥はい?』

『これ落としたのお前?』

『‥‥‥あ』



将臣が差し出したノートを受け取る、小柄な少女。

真新しい制服から、彼女が新入生だと判る。

ノートに視線を落とす彼女に、釣られて将臣も下を向く。

すると


『ありがとうございました』


丁寧に頭を下げる。


『もう落とすなよ』

『はい』


彼女は小さく微笑んで、そのまま踵を返すと、パタパタと走り出す。

肩より少し長い、栗色のサラサラの髪。
踊るように揺れているその様に、何となく目が放せなかった。


元宮 ゆき



ノートの名前。

(譲と同じクラスだったな)

最初の印象なんてそんな程度。















『旨そうな匂いしてんな』

『つまみ食いは辞めろよ兄さん。コレは賭けに負けて作ってるんだよ』

『賭け?もしかして昨日のプロレス中継にお前が燃えてたのって‥‥』

『それなんだよ。惜しかったよな、全く』


ブツブツ言いながらチョコケーキを作る譲に、将臣は少なからず驚いた。

この、真面目一辺倒な弟に、本気で賭けをさせる男とはどんな奴だろうか。


『しかし手作りケーキを賭けるって変わってんのな。相手は甘党か?』


聞けば譲は手を止め、フッと笑った。


『甘党かな‥‥‥そういえば、四六時中甘い物食べてたいとか言ってたな、元宮は』

『‥‥‥元宮?』

『あぁ、元宮ゆき。隣の席になってから、よく喋るようになった』


‥‥‥望美以外の女に対して一切の興味を持たない譲。

そんな弟がクラスの女子と仲良くしていると聞き、将臣は心底驚いた。


(元宮ゆきね)


脳裏に浮かぶ、小さく笑った表情。
跳ねる栗色の髪。











『将臣くん見て見て!あの子』

『ああ?‥‥‥あ』

『やっぱり可愛いなぁ』


ゆきは一人で廊下に佇み、窓の外を見ていた。
近寄り難い雰囲気を漂わせている。
譲に聞いた彼女のイメージとは、また違った表情。
隣では望美が『何かあったのかなぁ』と首を傾げている。


『ホントちっちゃくて可愛いよね!あんな妹欲しいなぁ』

『そうだな‥‥‥‥‥欲しい、かもな』














譲とすっかり仲良くなり、望美とも仲良くなったゆきは、いつしか四人で昼食をとるようになった。


『譲くん、これなに?』

『これですか?挽き肉に豆腐を混ぜて‥‥‥』

『へぇ〜、何かよく分からないけどおいしいね。さすが譲くん!』

『春日先輩が喜んでくれたなら良かった』


望美と譲。
昔から譲は望美しか見ていなかった。

壊れ物のように
宝物の様に

譲にとって望美とは、唯一無二の大切な存在。
望美は全く気付いていないらしい。

そんな二人を、いつも静かな笑顔で見ているゆき。
彼女の視線がどこを向いているのか、将臣はとっくに気付いていた。



――――譲



だからそんな彼女の笑顔が、今にも泣きそうに見えた将臣は、ゆきの頭をぐしゃっと撫でる。



『‥‥‥有川先輩?どうしたんですか?』

『気にすんな』

『‥‥‥??はい、有川先輩』


ぷっと吹き出すゆき。











『‥‥‥‥‥有川先輩?』



その笑顔をずっと見ていたいと、気付いたのは


皮肉な事に、京で再会してからだった。








ACT20.夜風にそよぐ髮の香


 


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