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「‥‥さん!弁慶さん!」
「‥‥‥ゆきさん?」
かなり驚いた。
まさか、ゆきが追ってくるとは思わなかった。
将臣と楽しそうに話していた筈ではなかったのか?
弁慶は足を止めて、彼女が追いつくのを待った。
「どうかしましたか?」
「‥‥‥はぁっ‥‥はあっ‥‥‥‥べ‥‥べんけ、さんが出て行、くのを見たからっ‥‥」
全力で走ったのだろう。
膝に手を当てて立ちながら、肩で息をしている。
「‥‥‥そんなに走って、よく転びませんでしたね」
「そんなに鈍臭くないですよ!」
「ふふっ、そうでしたか?」
彼女は‥‥‥ゆきは走ってきた。
自分が出て行くのを見た、ただそれだけで。
「‥‥君は本当に‥‥‥いけない人ですね」
「‥‥は?いけないって、私?」
「ええ」
――――――仕方ない。
弁慶は深い息を吐いた。
「きゃっ」
まだ少し、肩で息をしているゆきの腕を引く。
傾いた身体を更に引き寄せれば、簡単に腕の中に収まった。
暫くじっと抱き締めていると、ゆきの身体から力が抜けた。
かと思えば、少し怒って話をし始める。
「もう!こんな事ばっかりするんだから!」
「‥‥‥すみません」
「いっつも弁慶さんはそうなんですよ!」
「そう、とは何ですか?」
早鐘を打つ心音が、実は自分から出ている、と気付いた弁慶は驚いた。
らしくもない、けれど理由ならわかっている。
「‥‥‥いっつも振り回して」
「はい」
「こんな事してきて」
「ふふっ。すみません」
「‥‥‥本気で思ってないくせに」
拗ねたような声音に、今度こそ弁慶は吹き出した。
「君への愛がそうさせるのですよ」
笑いながら言うと顔を真っ赤にして腕から逃げ出したゆき。
「嘘つき」
「悲しいな、僕は本気なのに」
「‥‥‥もうっ!!」
笑いが止まらない。
ゆきの頭に手を置いて、撫でる。
「少し用事があるけれど、すぐに戻って来ますから」
「‥‥‥はい、行ってらっしゃい」
ゆきはまだ顔は赤いまま、にっこりと笑う。
そういえば、こんな笑顔を見るのも久し振りだと思った。
‥‥‥散々振り回していた自分が原因だったけど。
「行ってきます‥‥‥ゆき」
息を飲む彼女の気配を背で感じながら、弁慶は歩き出す。
(僕も随分と抵抗したのだけど‥‥‥)
もう、認めてしまうしかないようだ。
始めから、恋などではない。
そんな可愛いらしいものではない。
一言で言い切れない、激しい感情。
守りたいと思う
壊したいと思う
保護欲と独占欲と。
『大丈夫ですよ。僕が君を守りますから』
腹部を斬られ、流血が酷くて命が消えようとしていたゆきを
抱きかかえたあの日から、
ずっと
ゆきを、愛している。
いつまでも、腕の中に閉じ込めて置きたい。
‥‥‥小さくて暖かい、夢のような花。
認めてしまうのは簡単なのに、認める訳にはいかなかった。
手に入れる事など望んではいけない、と始めから理解していたから‥‥‥。
ACT19.青のゆめ、ひかり
20070930
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