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「俺はみ―― 「九郎、僕がまとめて紹介しますから」
黒い外套を纏った男が、長い髪の男の言葉を遮り、にこやかに将臣を見た。
一度だけ、しかも遠目で見ただけなのに、忘れもしない男。
「将臣くん、初めまして‥‥‥ではありませんね?」
「‥‥‥そうだな。でも、あの時は一瞬だったからな」
(やっぱりコイツも覚えていたか)
将臣の希望通り、簡潔かつ分かりやすく紹介していく弁慶を、将臣は黙って見ていた。
彼と会ったのは、去年の春。
ゆきと京で再会した日の事だった。
彼女を迎えに来ていた男。
あの時に感じたのは、殺気。
彼女の腰に手を回していた男。
あたかも、ゆきは自分の所有物だと主張するかのように‥‥‥
「―――最後に、彼が敦盛くんです」
「‥‥‥はじめ、まして‥‥‥‥敦盛、です‥‥」
「ん?ああ‥‥‥よろしくな、敦盛」
動揺した敦盛に、気にするな、と伝わる様に普通に挨拶をする。
その後、八葉だとか龍神だとか聞いたが、
「難しい事はナシだ。要はコイツを守ればいいんだろ?わかったぜ」
望美を親指で指差し、本宮まで同行する事を承諾した。
「兄さんはいつもそうなんだな」
すっかり呆れた譲を見て、吹き出す。
「よくわかっているじゃねぇか、譲」
将臣が言うと、譲はますます深い溜め息を零す。
(苦労性な所は変わってねぇな)
と安心した時、廊下を走る足音が聞こえた。
弾む様な、軽く小刻みなリズム。
パン!と勢いよく襖が開かれる。
元気よく部屋に入ってきた娘に、将臣は眼を見張った。
「あ〜っ!やっぱり!!」
声を聞くまで、それがゆきだと気付かなかった。
一年も経っていないのに、記憶にある姿よりも、ずっと綺麗になったゆき。
満面の笑顔で将臣に駆け寄る。
「久し振り!マッチ!!」
「まだマッチとか言うかお前は」
互いの手と手を叩き合う。
「いいじゃん!マッチなんて爽やかな名前を付けて貰って、ありがたいでしょ?」
「全然有り難くなんかねぇよ」
ゆきは、完全に自分をからかうつもりでいる。
周りの人間が入り込めない空気を、醸し出している事に気付かない二人だった。
「望美、まっちとはなんだい?」
苦笑しながらヒノエが聞いて来るので、望美はう〜ん、と首を傾げながら答えた。
「あだ名かな?私達の世界にマッチと呼ばれた昔むかしのアイドルがいたんだよ」
「あいどる?それは何だ?食い物か?」
「違うよ九郎さん。え〜とね‥‥」
どう説明すればいいのか。
考えながら将臣を見た望美は、彼の顔から眼が放せなくなった。
「マッチって格好いい名前なのに‥‥近藤○彦なのに」
「だから、古いからやめろって」
ゆきを見つめる将臣の眼は、優しくて甘い。
(そっか‥‥将臣くん、ゆきちゃんの事‥‥‥)
思えば、元の世界にいた時から、ゆきを眼で追っていた気がする。
将臣の気持ちに気付いた望美は、反射的に別の人物を見た。
彼は九郎や景時と、話をしている。
今後の事についてだろうか。
彼の背はゆき達の方を向いている。
望美にはそれが、わざとそうしているように、見えた。
まるで、二人を視界に入れる事自体を、拒否しているかのように‥‥‥。
「え?将臣くんも八葉?」
「そうらしいよ、元宮。俺も何かの間違いならいいとは思ったけど」
「譲、お前なぁ‥‥‥」
「将臣は頼れる男だと俺は思うが」
「九郎!お前っていいヤツだな!」
将臣と会って僅か一刻程だが、もう馴染んでしまった一行。
彼らを少し離れて見ていた景時は、隣の弁慶に声を掛けられた。
「景時、そろそろ‥‥‥」
「うん、分かった。すぐに戻って来るよね?」
「ええ、勿論」
頷いて、他の者には気付かれぬようそっと出て行く背中を、景時は見送った。
(もう来たのか‥)
誰が、なのかは知っているが、どんな要件で、かは自分は知らない。
もとより、彼も話してくれはしないだろう。
将臣達を見ると、相変わらず盛り上がっている。
望美達と笑顔で話す将臣。
(彼を何処かで見た事があるような‥?気のせいかな)
一人、考えていた景時の、目の前を通り過ぎる栗色。
(え?)
気配を絶つ術を施したのか、彼らは誰も気付いていないようだ。
ゆきは静かに外へと出て行った。
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