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「うわ〜!!熊野!熊野!」
「ゆき!遊びに来た訳ではないと言っているだろう」
嗜める九郎の声は、諦めと小さな笑いを含んでいる。
仕方ないだろう。
一行で一番体力のないゆきは、長い山道を愚痴ひとつ零さずに、皆について登りきったのだから。
喜びもひとしおなのだろう。
望美と朔と三人で腕を組み、眼下に広がる豊かな自然に魅入るゆき。
その横顔をじっと見つめた朔が、呟く。
「‥‥‥綺麗ね」
「‥‥そうだね。話に聞いていたけどこんなに緑が深いとは思わなかった」
望美の言葉に頷いて、朔はまたゆきを見る。
(いつの間に、そんな顔をするようになったの)
夕焼けの赤い光を受けてじっと海に目をやる、ゆきの憂いを帯びた表情を、朔は初めて見た。
視線に気付いたゆきが振り向く。
「朔!晩ご飯なにかな?楽しみだね!!」
いつまでも、無邪気なままでいられない事は知っている。
だけど、その笑顔が消えてしまいそうな予感がして‥‥‥
朔はゆきの手を握った。
「行きましょう、ゆき」
「行こう、ゆきちゃん!」
もう片方の手を望美が繋ぎ、走り出した。
「えええっ!?走るの嫌だあ!!」
「文句言わないの!」
「鍛え方が足りないんだよゆきちゃん!!」
(望美に言われると何も返せないわね)
体力の有り余っている望美は、余裕の表情でゆきの手を引っ張っていた。
後ろを歩く男達。
遠く前方から「ぎ、ぎぶあっぷ〜‥‥」と悲痛な声がすると、一様に笑った。
すっかり日も暮れた時間だった為、宿を見つける余裕などなかった一行は、
「うちに泊まるといい」と言う初老の男性の好意に甘えることになった。
翌日、早起きの習慣が身に着いた譲が、いつもの時間に起きて部屋を出る。
目の前に思いも寄らない人物を見つけて眼を見張った。
「せ、先輩っ!?」
「おはよう譲くん!!幽霊でも見たような顔してるけど、どうしたの?」
「いや、近いものはありますね‥‥」
―望美が早起き―
(明日は嵐か?)
譲は本気で空模様を心配した。
「失礼だよ、もう!‥‥‥っといけない!ちょっと散歩してくるね!」
「先輩!?元宮が逃げる時の常套句を口にして、どこへ行くんですか?」
「ゆきちゃんのは、『厠へ行く!』でしょ?‥‥ちょっと剣を振って一慣らししてくるね!‥‥‥お土産を連れてくるから!」
言うが速いか素早く身を翻して駆けていった。
(遅れちゃう!!)
「先輩お土産って?‥‥‥‥‥‥まったく、仕方のない人だな。段々と元宮みたいになっていってるし‥‥‥」
いや、元宮が先輩みたいになっているのか?
譲は暫し悩んだが、どうでもいい事に気付いた。
(‥‥‥んっ‥‥‥朝かぁ‥)
何やら賑やかな声でゆきの目が覚めた。
「兄さん!?今までどこにいたんだよ!!」
「譲!元気そうじゃねぇか!」
(まさおみくん‥‥‥って誰?)
ゆきはまだ寝ぼけている。
(将臣くん!?何で!?)
がばっ!と飛び跳ねる様に身を起こして、慌てて着替える。
(あれ!?着物、左前?右前?どっちっ!?)
慌てすぎてオタオタしながら何とか着替えたゆきは、将臣の声がする部屋へと急いだ。
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