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「今夜は早寝しなくちゃ!明日から熊野に出発ですからね!」
「ゆきちゃん寝坊しちゃダメだよ?」
「しませんよ!‥‥多分」
自信なさげに、多分と付け加えて、ゆきは苦笑いする。
景時も釣られて微笑んだ。
「そうそうゆきちゃん、熊野は山と海が綺麗なんだってさ〜」
「海かあ‥‥いいなあ。最近熱くなってきたもんね!‥‥‥そういやヒノエって熊野育ちなんだって」
(本当は熊野の偉い人なんだけどね)
景時と陽気に話は弾む。
日の光は真上から降り注ぎ、汗ばむ程。
それすら、楽しみの前には苦ではなくなっている。
‥‥‥九郎がいたら「馬鹿!遊びに行くのではない!」とか怒鳴りそうだが。
「へぇ〜、じゃあ熊野の事も詳しいだろうね〜」
「そうそう、ヒノエに熊野案内して貰うって約束したんですよ、私」
楽しみだなあ、と笑顔のゆきと対照的な景時の表情。
「それは‥‥‥あんまりよくないんじゃないかな〜?」
ははは‥と乾いた笑いを浮かべながらゆきに制止をかけると、案の定不思議そうな顔で見上げてきた。
「一人じゃないですよ?ヒノエがついてるもん」
「い、いや、そうじゃなくてね〜‥‥‥仮にも未婚の男女が二人きりで出掛けるのは‥‥‥」
「‥‥?今だって景時さんと二人きりですよ?」
「いや、オレの場合は、その、安全だから‥‥」
「‥‥?ヒノエが危険なら、敦盛くんも呼ぼうかな」
「いやそうじゃなくてね!」
「?じゃあ朔と望美ちゃんも呼べばいいですか?」
「‥‥‥‥‥まあ、うん‥‥‥‥」
「?」
眼をぱちくりさせて景時を見上げるゆきに、どう説明すればいいのやら。
(まさか本当の事を言える訳、ないしな〜‥‥)
本人が否定しているのに、自分が口を出せる訳がないのだから。
景時は溜め息を吐くと、ゆきの頭を撫でた。
(君には幸せになって欲しいよ)
口には出さないが、思いを込めて。
「お帰りなさい。景時、ゆきさん。二人揃ってお出かけでしたか」
「ただいま〜、弁慶!五条大橋に行ってきたよ」
景時の言葉に、弁慶は微笑を深くした。
「そうですか。誰かに会いましたか?」
「‥‥‥うん。お婆さんにね」
「ふふっ。その顔だと聞いたようですね?僕の花嫁候補さん」
「‥‥‥っ!!私、先に入ってます!!」
奥にいる朔を見つけて、真っ赤な顔で走って行くゆきの後ろ姿を見て、景時は少し同情した。
‥‥‥完全に、弁慶に遊ばれている。
「‥‥‥景時?」
「‥‥ああ、井戸が呪詛される夢を見たんだって。
実際に強力な呪詛があったよ」
「‥‥君が祓ったのですか?」
「いや、ゆきちゃんが‥‥‥」
「‥‥‥でも、彼女は火気‥‥‥ああ、そうか。以前も井戸を祓ってましたね」
独り言の様に呟きながら額を指で押さえた弁慶。
少しだけ不安を感じながらも、景時はその場を後にする。
出発は、明日。
準備がまだ残っていた。
だが、まずは洗濯物を取り入れなくてはならない。
景時は庭に出た。
「もし、彼女がいるのなら、別に‥‥‥」
源氏の軍師の呟きは、誰の耳にも入ることはなかった。
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