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「あれ〜?ゆきちゃん一人?だったら出かけちゃダメだよ」

「あはは。やだな、景時さん!一人な訳ないじゃないですか!」

「‥‥‥じゃぁ、誰と出掛ける気だったの?」

「‥‥‥それは、望」

「望美ちゃんなら朔や譲くん達と買い物に出掛けたよ?」



望美と、と答えるつもりだったが、あっさり景時に嘘がバレた。



「で?誰と行くんだい?」

「うぅ‥‥‥」



視線を泳がせながら上手い言い訳を考えるが、景時の無言の重圧に何も出て来ない。



(もう、みんなして過保護なんだから)



何故こんなに過保護になったのか。
その経緯と原因を骨の髄まで理解しているゆきは、何も言えない。



一人で出掛ける度に、犬に襲われ腰を抜かす事、数回。

怨霊に出くわして気絶した事。

危うく誘拐されそうになった事。




――そして、事ある毎に迷子になっていたゆきに、一行は全員一致で『一人外出禁止令』を発令している。


(私ってそんなに危なっかしいのかなあ)


誰が聞いても頷く事に、本人だけが気付いてない。





「え〜っと‥‥‥」

「うん?」



普段は飄々としていても、決して嘘や偽りを見逃さない景時を、ゆきは二年近くの付き合いからよく知っている。
伊達や酔狂で軍奉行の地位にいる訳ではないのだ。



(‥‥‥‥‥‥あ!そうだ!)



悶々としていたゆきが顔を上げたかと思えば、ぽんっと手を打った。



「ね!じゃあ景時さん、一緒にお出かけしませんか?」

「‥‥‥オ、オレ!?いいけど‥‥」

「良かった」



今から行く場所には、景時ほど適任な同行者はいないと気付いた。


心底嬉しそうに笑うゆきには、

「まぁ、オレなら大丈夫か‥‥」

と呟く景時の声は聞こえなかった。











ACT19.青のゆめ、ひかり







「‥‥‥ゆきちゃんの行きたい所って、五条大橋だったんだ?」

「そうなんです。すみません、付き合わせちゃって」

「いや、全然!ゆきちゃんとこうして出掛けた事ってなかったしね〜」

「そうですね!皆で出掛けても、二人だけってなかったなあ‥‥‥これから一杯出かけましょうね!」

「あ‥‥‥ああ、そうだね〜‥‥あはは‥‥」



景時は苦笑した。



(オレなら大丈夫とは思うけどね)



自分はもう二年近くもゆきと寝食を共にしている、家族なのだから。



「‥‥‥そうだね、いっぱい出かけようか」

「はい!」



最近めっきり綺麗になった少女は、満面の笑みを浮かべた。



(一人で泣かなくてもいいんだ、ゆきちゃん。オレ達がいるからね)



未だ譲を引きずっているのか。

時折ふと思い詰めた眼をする彼女を、自分も朔も痛ましい思いで見ていた。

いつか、彼女が笑って思い出話が出来る日が来るといい。

ゆきはもうとっくに、自分と朔の大切な、妹なのだから。





  



「ここかな?あ〜‥なるほど‥」



辿り着いたのは、以前弁慶と共に来た五条大橋の麓にある集落だった。



「うんうん。呪詛だね、これは」

「あ、やっぱりそうですか‥‥‥腹が立ちますよね」

「ゆきちゃん?」

「だって、この井戸はここに住む人の大切な水なのに!呪詛を仕掛けるなんて許せない!!」



怒りを顕にするゆきを、景時は驚嘆の眼で見ていた。
たった今、彼女の背後で燃える炎が見えた気がしたのだ。



(これは、一体‥‥‥?)


「‥‥だったら、呪詛を返してみない?」

「そんな事が出来るんですか?」

「高等な術だけどね。出来るよ、今のゆきちゃんなら」



(‥‥‥しかも、苦もなく)



はい!と頷いて、ゆきが無意識に取り出したのは、明王札。
かってこんこんと水をたたえていた井戸。
水の流れを止め、澱みを作るのは、歪み捩れた水気の呪詛。


水克火‥‥『水』は『火』に克つ。

だから、ゆきの取り出した『火』の明王札では、五行相剋で言えば負けてしまうだろう。

本来なら間違った選択肢。



‥‥‥覆すには、通常の倍以上の力が必要だが。


なのに迷いもなく、ゆきは明王札を持ち、小さく眼を瞑る。



「いざ速やかに払い給え、清め給え!」




略式の呪言を唱えたゆきの手の札が、炎の鳥に変わる。


朱金に輝く、炎の化身。


大きさを言うならば、大人の男が両手を広げた位だろうか。
こんなに鮮やかな炎の化身を、景時は見た事がない。

鳥は井戸の上を二周ほど旋回した後、井戸の中に飛び込んだ。



「‥‥‥よくやったね〜、ゆきちゃん!いつの間にか凄い高度な術が使えるようになっているんだね!」



内心の動揺を隠しながら、景時は手を叩きゆきを称賛した。


(高度?そんなものじゃない‥‥‥)


あれは、あの力は‥‥‥‥‥‥。

背中にじわり、と汗が伝う。



目の前ではゆきが釈然としないかのように、首を傾げていた。
再び声を掛けようとした景時だったが。


先に掛けられた声に押し黙った。



「‥‥ああ、あんたはあの時のお嬢さんだね」

「あ、おばあさん、こんにちは」



景時が眼をやると、ゆきが老婆とにこやかに話していた。



「こちらの兄さんは、お嬢さんの‥‥?」

「兄です。妹がお世話になってます」



ゆきの代わりに、景時が兄だと言った。
嬉しそうに綻ぶゆきの表情。
それを見て、景時の眼も緩む。


老婆はそんな二人を見て、したり顔で頷いた。



「お兄さん、このお嬢さんと弁慶先生の結婚を、早く認めてあげなさいね」



「‥‥‥‥‥‥‥‥は?」

「‥‥‥‥弁慶先生?」




老婆から詳しく聞いた。

先日この五条大橋の診療所に一人で来た弁慶に、皆が尋ねた時の事。




『あの時のお嬢さんは?』

『実は、彼女の兄に反対されてまして‥‥‥なかなか会えなくなりました』



と、思い沈んだ溜め息を吐いていた、らしい。




「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」



絶句しながらゆきは、



(否定するのが面倒だったんだろうな、弁慶さん‥‥‥)


かなり呆れていた。



しかし、源氏の兵達といいここの人達といい‥‥‥。


(私ってば有名なのかなあ)


すっかり弁慶の所有物になっている気がする。




 


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