(4/5)
奇妙な叫び声を聞いたヒノエは、話をしていた弁慶と顔を見合わせる。
「今の声は‥‥‥」
「ゆきさんですね」
話も一段落着いた所だったし、九郎から帰還命令が出されて暫く経った。
「そろそろ帰還の準備も整うでしょう。九郎の元へ向かうついでに、ゆきさんの様子も見ましょうか」
と言う弁慶の少し前を、不本意ながらヒノエは歩く。
「‥‥‥そういえば、ゆきさんと随分仲がいいようですね、ヒノエ」
「それが?男の嫉妬は醜いって言うけど?」
ヒノエの返事に苦笑しつつも、それ以上言葉を紡がなかった。
嫉妬など醜いもの。
(そんな事位、とうに‥‥‥‥)
二人がたどり着いた時、ちょうど譲がゆきの手を引っ張り、その身を立たせていた。
「何があったんだいゆき?随分可愛い声を上げていたけど」
あれのどこが可愛い声だ、と内心ツッコミを入れる譲。
その横で、ゆきが照れた笑いを浮かべている。
「あらら、聞いてたんだヒノ‥‥‥‥あ」
「ゆき?」
「元宮?」
首を傾げるヒノエの背後を見て、ゆきの顔は火が付いたように真っ赤になった。
(‥‥‥?)
「ゆきさん?どうかしたんですか?」
心なしか、問い掛ける弁慶の声に、笑いが潜んでいる。
「い、いいいいえ!!‥‥‥わ、私!様子を見て来ますっ!!薬の人が起きたので!!」
「そうですか。では僕も様子を見に――」
「じゃ、じゃあ!お先に行ってます!!」
脱兎の如く走り出したゆき。
「薬の人?‥‥‥怪我人の事か」
ゆきの奇妙な発言の意味を納得した譲は、正面にいるヒノエが怪訝な顔をしている事に気付く。
同じ様に視線を向ければ、弁慶が静かに肩を震わせて笑っていた。
「‥‥‥あんた、本当に何したんだよ‥‥」
「さぁ?君だって何も言わないでしょう?」
「やな奴」
「ええ。お互い様ですね」
譲には、何が何だかさっぱりわからない。
ただゆきが赤くなった原因が弁慶にある事だけは、わかった。
陣の隅で、敦盛が静かに座っていた。
一応は兵が数名、遠巻きに見張っている様だが、逃げる様子は全くない。
「敦盛くんお待たせ!」
「‥‥あ、いや‥‥‥」
「ごめんね。敦盛くんを連れて来た人、今取り込み中だったんだ」
「そうか。わざわざ呼びにいってくれたのだな‥‥‥すまない」
「いや別に謝らなくても」
どうも彼と話すと、ツッコミばっかり入れてしまう気がする。
人を見下ろして会話するのは好きじゃないから、敦盛から一人分開けた隣に座る。
じぃっと、彼の顔をつい間近で見てしまった。
(可愛いなあ‥‥)
男なのに自分よりも可愛いと思ってしまうのが、悲しいやら悔しいやら。
「ね、友達になりませんか?」
「‥‥‥友達?‥‥私が、ゆき殿と?‥‥」
「うん!」
少し考えて、敦盛は真っ直ぐゆきの眼を見た。
「‥‥‥いや、私は平家の者。源氏にいるのだから、武門の一員として、潔く死を迎える覚悟でいる」
それに‥‥‥と、俯いて続けた。
「私は穢れているから‥‥‥その‥‥‥ゆき殿っ!?」
俯く敦盛の手を、不意にゆきは両手で掴んだ。
驚き、慌てて引っ込めようとするのを予測して、振り払われないようにしがみつく。
「‥‥‥は、離してくれないだろうか?」
「‥‥‥‥‥‥」
「私は、その‥‥‥本当に、穢れているから‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥ゆき殿に、迷惑が掛かるといけない‥‥」
ゆきは、握り締めた手を見つめたままじっと動かない。
どうすれば彼女に分かって貰えるのか。
敦盛は、本気で戸惑っている。
自分は怨霊であると言えばいいのだろうが、どうしても言えなかった。
しがみつかれた手は、振り払おうと思えば簡単に出来る。
だが、そうすればゆきが泣くかも知れないと思うと、そんな気になれなかった。
敦盛の手から力が抜けた頃。
下を向いていたゆきが、ようやく顔を上げる。
「じゃあ、敦盛くんが生きていたら‥‥‥友達になってくれる?」
「‥‥‥‥‥‥わかった」
「ゆき殿、じゃなくて、ちゃんとゆきって、名前で呼んでね?」
「ああ。もしそうなったら、約束する」
恐らくそんな事は有り得ないだろうけど。
ゆきの涙を見たくはなくて、敦盛は約束をした。
「ほんと?約束だよ!」
途端に笑顔になるゆきに釣られて、顔が綻ぶ。
約束を果たせない罪悪感はある。
だが死を迎える前に、こうして誰かの笑顔を引き出せたのなら、それだけで自分は幸せだと敦盛は思った。
前 次