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奇妙な叫び声を聞いたヒノエは、話をしていた弁慶と顔を見合わせる。



「今の声は‥‥‥」

「ゆきさんですね」



話も一段落着いた所だったし、九郎から帰還命令が出されて暫く経った。



「そろそろ帰還の準備も整うでしょう。九郎の元へ向かうついでに、ゆきさんの様子も見ましょうか」



と言う弁慶の少し前を、不本意ながらヒノエは歩く。



「‥‥‥そういえば、ゆきさんと随分仲がいいようですね、ヒノエ」

「それが?男の嫉妬は醜いって言うけど?」



ヒノエの返事に苦笑しつつも、それ以上言葉を紡がなかった。
嫉妬など醜いもの。


(そんな事位、とうに‥‥‥‥)











二人がたどり着いた時、ちょうど譲がゆきの手を引っ張り、その身を立たせていた。



「何があったんだいゆき?随分可愛い声を上げていたけど」



あれのどこが可愛い声だ、と内心ツッコミを入れる譲。

その横で、ゆきが照れた笑いを浮かべている。



「あらら、聞いてたんだヒノ‥‥‥‥あ」

「ゆき?」

「元宮?」



首を傾げるヒノエの背後を見て、ゆきの顔は火が付いたように真っ赤になった。



(‥‥‥?)



「ゆきさん?どうかしたんですか?」



心なしか、問い掛ける弁慶の声に、笑いが潜んでいる。



「い、いいいいえ!!‥‥‥わ、私!様子を見て来ますっ!!薬の人が起きたので!!」

「そうですか。では僕も様子を見に――」

「じゃ、じゃあ!お先に行ってます!!」



脱兎の如く走り出したゆき。



「薬の人?‥‥‥怪我人の事か」



ゆきの奇妙な発言の意味を納得した譲は、正面にいるヒノエが怪訝な顔をしている事に気付く。

同じ様に視線を向ければ、弁慶が静かに肩を震わせて笑っていた。



「‥‥‥あんた、本当に何したんだよ‥‥」

「さぁ?君だって何も言わないでしょう?」

「やな奴」

「ええ。お互い様ですね」



譲には、何が何だかさっぱりわからない。

ただゆきが赤くなった原因が弁慶にある事だけは、わかった。
















  

陣の隅で、敦盛が静かに座っていた。
一応は兵が数名、遠巻きに見張っている様だが、逃げる様子は全くない。



「敦盛くんお待たせ!」

「‥‥あ、いや‥‥‥」

「ごめんね。敦盛くんを連れて来た人、今取り込み中だったんだ」

「そうか。わざわざ呼びにいってくれたのだな‥‥‥すまない」

「いや別に謝らなくても」



どうも彼と話すと、ツッコミばっかり入れてしまう気がする。

人を見下ろして会話するのは好きじゃないから、敦盛から一人分開けた隣に座る。
じぃっと、彼の顔をつい間近で見てしまった。



(可愛いなあ‥‥)



男なのに自分よりも可愛いと思ってしまうのが、悲しいやら悔しいやら。



「ね、友達になりませんか?」

「‥‥‥友達?‥‥私が、ゆき殿と?‥‥」

「うん!」



少し考えて、敦盛は真っ直ぐゆきの眼を見た。



「‥‥‥いや、私は平家の者。源氏にいるのだから、武門の一員として、潔く死を迎える覚悟でいる」



それに‥‥‥と、俯いて続けた。



「私は穢れているから‥‥‥その‥‥‥ゆき殿っ!?」



俯く敦盛の手を、不意にゆきは両手で掴んだ。

驚き、慌てて引っ込めようとするのを予測して、振り払われないようにしがみつく。



「‥‥‥は、離してくれないだろうか?」

「‥‥‥‥‥‥」

「私は、その‥‥‥本当に、穢れているから‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥ゆき殿に、迷惑が掛かるといけない‥‥」



ゆきは、握り締めた手を見つめたままじっと動かない。

どうすれば彼女に分かって貰えるのか。
敦盛は、本気で戸惑っている。

自分は怨霊であると言えばいいのだろうが、どうしても言えなかった。

しがみつかれた手は、振り払おうと思えば簡単に出来る。
だが、そうすればゆきが泣くかも知れないと思うと、そんな気になれなかった。



敦盛の手から力が抜けた頃。
下を向いていたゆきが、ようやく顔を上げる。



「じゃあ、敦盛くんが生きていたら‥‥‥友達になってくれる?」

「‥‥‥‥‥‥わかった」

「ゆき殿、じゃなくて、ちゃんとゆきって、名前で呼んでね?」

「ああ。もしそうなったら、約束する」



恐らくそんな事は有り得ないだろうけど。
ゆきの涙を見たくはなくて、敦盛は約束をした。



「ほんと?約束だよ!」



途端に笑顔になるゆきに釣られて、顔が綻ぶ。
約束を果たせない罪悪感はある。

だが死を迎える前に、こうして誰かの笑顔を引き出せたのなら、それだけで自分は幸せだと敦盛は思った。





 



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