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「元宮?」



望美の姿が見えなくなってすぐ、背後から聞こえた声。

振り返ったゆきは、譲が歩いて来るのを待った。



「有川くん。‥‥よく眠れた?」

「‥‥‥‥ゆっくりさせて貰ったよ」

「顔色良くないよ?本当に大丈夫?」

「大丈夫だって。それより、怪我人の看病をしてくれてた、って弁慶さんから聞いたんだ。ありがとう」



眼を優しく和ませて、ゆきの頭を撫でる譲。



「大した事じゃないよ‥‥‥て言うか有川くんさ、私の事、子供扱いしてない?」

「そんな事ないだろ。でも、つい年下に思うんだよな」



何でだろう、と真面目に聞いてくる譲の言葉にゆきはムッとした。



「有川くん?私、京でひとつ歳を取ったの。だから君よりひとつお姉さんなんだけど」



腕を腰にあて、長身の彼を見上げる。
その表情が幼い子供のようで、譲は思わず吹き出した。
どこをどう見ても、年上には見えないのに、彼女は気付かないのか。



(そういえば、元宮は学校でも年上の女子に人気があったか)



 



『え〜っ!?譲くんってゆきちゃんと仲いいのっ!?お願い紹介して!』

『春日先輩、元宮を知ってるんですか?』

『当たり前だよ!妹にしたいってお姉様の間で有名なんだよ?すごく可愛いもん』

『お前もお姉様かよ』

『将臣くんだって、ゆきちゃんが欲しいとか言ってたくせに!』

『あぁ?あ〜‥‥‥‥‥‥あれだ、あの顔で「お兄ちゃん」なんて言われてぇなって思っただけだ』

『‥‥うわっ‥‥将臣くん、変態‥‥‥』

『はぁ?何でそうなるんだよ』

『兄さんが言うと変態っぽく聞こえるんだよ』

『あのなぁ‥‥‥』








「有川くん?」

「いや、ごめん。つい」



眼鏡をずらし目尻を指で拭き取る譲に、「そこまで笑う?失礼だな」と、ゆきはぶつぶつ怒っている。


あの頃から、彼女は随分と綺麗になったのに。
それでも年上に見えない辺りがゆきらしい。

この辺が望美や将臣が夢中になる『ツボ』なのかもしれない。



すっかり臍を曲げているゆきに向かって、譲は再び謝った。



「本当にごめん‥‥‥‥‥‥この前の事も」

「この前?‥‥‥ああ」



不意に真面目な口調になった譲に、一瞬考えて、その原因を突き止める。



(神泉苑の事だね)




『‥‥‥‥‥‥練習、しようか』





神泉苑での出来事。
脳裏に浮かぶ、あの時の譲の思い詰めた顔。



あれから、ゆきは普段通りに振る舞ってはいたが、
さすがに譲はぎこちなかった。

ずっと罪悪感を持っていたのだろう。
律義と言うか融通のきかない人だと思う。



「まだ気にしてるの、有川くん?忘れてあげるって言ったよね?」

「そうだけど‥‥‥でも、ちゃんと謝ってなかっただろう?」

「あの時ちゃんと謝ってたよ。てゆうか未遂だったんだから、気にしないで!」

「そうだけどさ。元宮、経験ないのにあんな風に迫ったりして‥‥‥嫌な記憶として残らないか心配してたんだ」



(あ〜っ!もう焦れったい!!)



「有川くんっ!!男ならそんな事いちいち考えないのっ!!」

「え?‥‥‥あ、ああ‥‥」

「もう私は忘れたから有川くんも忘れる!!分かった!?」

「わ‥‥分かった、元宮‥‥」



「大体ねえ、キスならもうすっごく濃いのを‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥え?あの時はまだないと言ってなかっ‥‥‥‥‥元宮?」





「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」






凄く、濃いキス‥‥‥。




(‥‥‥‥あ‥‥‥‥‥‥)




夕陽に照らされて、彼の伏せた睫毛が朱金色に輝いて。
間近で見る顔は、男とは思えない程綺麗で。
肌なんか、羨ましいほどすべすべで。


なのに、ゆきの手を押さえ付けた腕は、力強く男らしかった‥‥‥‥。



奪うように激しくて。

その後は

とても優しい、初めてのキス。








そう、初めての‥‥‥‥‥。







「ぎゃあぁぁっ!!」

「も、元宮っ!?」



突然絶叫しながら頭を抱え座り込んだゆきに、譲は心底驚いた。


声を掛けるものの、ゆきには聞こえていない。

もう一杯いっぱいで、それどころじゃない。
















胸に仕舞われた記憶は鮮明で、

唇に残った感触までもが鮮やかに残っている。 












「元宮、大丈夫か?」

「へ、へへ平気ですから!」

「何で敬語?どもってるし」

「今、余裕ないからその辺はほっといて〜っ!!!」



しゃがんだまま、頭の手を両頬に当てた。
物凄く熱い。


(やだ。きっと私、真っ赤な顔してる)



こんな顔、誰にも見せられない。
心臓が激しく波打っている。



(私ってばバカ!何で今ごろ気付くの!)



今まで、散々考えていたのに。
弁慶が何故あんな事をしたのか、とばかりだった。
一番重大な事が抜けていた。



そう、



(あ、あれが私のファーストキスだったんだあぁ!!)




自分の事にはどこまでも鈍いゆきだった。




 




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