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「・・・・・・・・・九郎さんは源氏の大将だもんね。怪我人が平家の人間だったら捕らえる、とか言ってたんでしょ?」
「・・・ゆきちゃん?」
ゆきがふっと笑む気配に、望美は膝に埋めた顔を上げた。
隣に座るゆきが小さな微笑を浮かべ、こちらをじっと見ている。
「違った?そう言われたんじゃないかなって」
「ううん。違ってないよ・・・ゆきちゃん、平家の人だってよく分かったね」
ゆきの頭の良さに望美は目をしばたいた。
普段はただ明るくて元気で、何も考えてないように見えるのに。
こんな時に冷静な思考を持つ彼女に、望美は何度も驚かされて来た。
そう、『何度』も。
「‥‥‥彼は『平敦盛』なんだよね?」
「‥その名前・・・どうしてそれを?」
「さっき名前を教えて貰ったもの。ここは源氏と平家が陣を張ってるでしょ?そこに敦盛って名前の男の子がいたら、『平敦盛』かなって思うよ」
「・・・・・・ゆきちゃんって頭が良かったんだ・・・」
「ええっ?良くなんかないよ!ただ平家物語が好きなだけで!」
ゆきは慌てて両手を胸の前で振った。
細くて柔らかい栗色の髪が、サラサラと肩を滑る。
その仕草が可愛くて、望美はつい吹き出してしまった。
小さく吹き出した望美を見て、ゆきはほっとした。
そっと望美を抱き締めれば、肩口に埋めてくる紫苑色の髪。
切ないけど、やっぱり自分は望美が大好きなのだと痛感した。
(さっき、私、何て事を思ったんだろう)
自分が辛いからって、望美と会わなければ良かったなどと、思う自分は最低だ。
もし本当に望美を恨んだりしていたら、落ち込む彼女を見ても、こんなに胸なんか痛まないのに‥‥‥。
(私の心って嘘つきなんだね)
自分のものなのに、なかなか上手くいかない気持ち。
‥‥‥‥‥‥とにかく自分の事は後で考えよう。
と、思考を切り替える。
ゆきは望美の背を撫でなから言った。
「敦盛くんが目を覚ましたから望美ちゃんを呼びに来たんだけど‥‥‥どうする?」
「・・・・・・行くよ。行って話をしなくちゃ」
言いながら何処か後ろ髪を引く、といった様子の望美。
ゆきは声を上げて笑い、そんな彼女の背中を強めに叩いた。
「い、痛っ。ゆきちゃん?」
「バカだね望美ちゃん!九郎さんと話がしたいなら、してきていいんだよ?許嫁でしょ?」
「‥‥‥〜っ‥‥もうっ!違うのに!!」
「そうなの?で、どうする?九郎さんと話するなら、敦盛くんには私から話しておくけど」
一瞬。
本当に一瞬だけ、望美の瞳が揺れた。
そんな顔をされると、ゆきも辛くなる。
泣きそうなのに、堪えた表情。
(いっそ泣いてしまえば楽になれるのに、望美ちゃん)
‥‥自分が今の望美と同じ事を、弁慶の前でしていたとは、全く以て気付いていない。
ゆきは望美の頭を撫でた。
「‥‥‥望美ちゃん、九郎さんと話をしてきてよ。そんな顔してちゃ皆が心配するから、ね?」
「‥‥‥そんなに変な顔してる?」
「うん。してる」
「え〜っ!?ゆきちゃんってば酷いんだから!そんな事言う人だったっけ?」
「伊達に弁慶さん達と二年もいた訳じゃないよ。ほら、行ってらっしゃい!」
「うん!ゆきちゃんありがとう!」
九郎達のいる一角へと走り出す背中を、ゆきはじっと見つめた。
ゆきの視線に気付いたのか、少し進んだあたりで不意に望美が立ち止まった。
見送る彼女を振り返り、片手を上に上げて振り回しながら、大きめな声で言う。
「ゆきちゃん大好きだよ!あなたは私が守るからね!」
そして再び走り出した彼女の足取りは、幾分か軽くなったように思えて、
‥‥‥心臓が一瞬、跳ねた。
「‥‥恥ずかしいよ、望美ちゃんてば‥‥‥」
何というか、もう、完敗だ。
「‥‥‥‥‥‥うん。私も、大好きだよ。望美ちゃん‥‥」
望美はやっぱり『白龍の神子』。
清くて白い気の流れを持つ。
けれども、彼女が輝いているのは、心の強さ所以だろう。
優しくて、周りをちゃんと見ていて、ぐっと手を引いてくれる彼女。
強くて清らかで、暖かい存在。
「望美ちゃんには敵わないなあ」
譲が望美を恋慕うのも、
九郎や弁慶が彼女に惹かれるのも
‥‥‥当然だと、納得できた。
「よいしょっと‥‥‥あれ?私、お婆ちゃんみたい?」
掛け声と共に立ち上がったゆきは、足元の砂を払った。
腕を真上に振り上げて大きく伸びをする。
視線の先には、松明に照らされた望美の後姿が、はっきり見えた。
近くの兵に九郎の居場所を聞いているようだ。
行き先を聞き出したのだろうか。
望美が樹々の奥へと走って行った。
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