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「経正、無事に撤退出来たのか」
「ええ、還内府殿。あちらにも話の分かって下さる方はおりました」
物腰穏やかな彼が、喜色を少し浮かべて将臣に報告する。
「そうか。結果オーライってやつだな」
「源氏とて人の子。話せば解り合えましょう。ですが‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥ああ。敦盛と重衡の行方が解らねぇ」
「そう、ですか‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥すまねぇな」
将臣が謝ると、経正が首を振った。
「謝らないで下さい。貴方は還内府なのですから」
「あ、あぁ‥‥‥しかし‥」
「一門を率いる貴方がそんな辛そうな顔をしてはなりません。兵達の士気も下がると言うもの」
「そう、だな」
「‥‥‥では、私はこれで」
経正が退出した後は、がらんとした空洞の様な室内。
将臣はじっと、己の両手を見詰める。
平家の命運は、この両手に掛かっているのを痛感する。
(敦盛‥‥‥重衡‥‥‥)
だが、彼らの事を憂慮する時間は余りない。
これから先を考えなければならない。
今の自分は彼らを生かす道を探す為、存在している。
一門を背負う事を苦痛に感じた事などない。
寧ろ、彼らの為に在れる事に、喜びを感じる。
だが、時々求めてしまうものは。
時には二人で、
時には重衡と三人で。
思い切り羽根を伸ばした、あの一時を。
今の自分にはもう、あまりにも遠く感じる。
平家も戦も関係なく、ただ馬鹿な事を言い、笑えた時間。
楽しかったから、面影が鮮明に残っているのか
相手が彼女だったから、楽しかったのか。
「‥‥‥っと。今はそんな事を考えてる場合じゃねぇな」
先へ、進まなければ‥‥‥。
ACT18.存在する理由なら
「あ、いた!望美ちゃん・・・・・・?」
陣の隅に、望美はいた。
一人膝を抱えて、小さくなって座り込んでいる。
見慣れない彼女の落ち込み振りに、ゆきは驚くと同時に胸が痛んだ。
「望美ちゃん・・・・・・?」
「・・・あ・・・ゆきちゃん・・・」
再び声を掛けるゆきは、顔を上げた望美の表情が暗い事に気付く。
「望美ちゃん?・・・・・・どうしたの?」
平静を装いながら隣に座った。
「・・・・・・九郎さんと、ちょっと言い合っちゃった・・・」
「九郎さんと?」
「うん・・・・・・」
「・・・・・・・・・もしかして、さっきの彼の事?」
九郎が望美と今、言い争う理由ならきっと敦盛の存在だろう。
半ば確信を持ってゆきが望美に問う。
望美の肩がぴくりと揺れるのを見て、やっぱり、と思った。
「望美ちゃん。彼が気がついたよ。だから呼びに来たんだけど‥‥‥」
「‥‥‥そっか。起きたんだ、敦盛さん‥‥」
望美の言葉に引っ掛かるものを感じて、ゆきは首を傾げた。
もっとも、この時は何も解らないままだったけれど。
『ここで源氏が引いてくれるなら、平家も引くとお約束します‥‥‥道中、くれぐれもお気をつけて。怨霊を放った者がおりますので』
『分かりました。ありがとう、経正さん』
『誰っ?』
『春日先輩、どうしたんですか?』
『譲くんか‥‥‥この人を、源氏の陣に連れて行こうと思うんだ』
『仕方ない人だな‥‥‥分かりました、俺がなんとかします』
『ありがとう!』
『平家の敵将ならば処断するしかないだろう』
『ならば、引き渡すのはお断りします。彼は八葉です。八葉は、春日先輩を守る力になる』
『譲くんの言うとおりだよ!それに、私は怪我人を放っておけません!』
『・・・・・・勝手にしろ!!』
先程の九郎との会話を思い出して、望美の目頭が熱くなった。
涙が眼と心を浸食してゆく。
こんなに気持ちが解けるのは、隣にいるのがゆきだからだろうか。
だとしたら、自分は随分甘えている。
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