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『敦盛さん、今助けますからね』


傷付いて人の姿に戻り、動けない自分に優しい声が掛けられた。


(私に触れてはいけない・・・)








『出たな怨霊!』

『ひいぃっ!』

『こいつのせいでっ・・・』



暴走した意識の底に残る声は、どれも恐怖と憎しみに満ちていた。

仕方ないと思う。
自分は怨霊で、人を傷付けてしまったのだから・・・。



『大丈夫ですよ、敦盛さん』



優しい声。白い光。






そんな優しさを受ける価値など自分にはないのに。















「・・・・・あ・・・・・・・・・」

「気がついた?」



ゆっくりと目を開けた敦盛の視界にまず飛び込んだのは、栗色の髪の少女だった。



「・・・・・・ここは・・・?」

「馬瀬だよ」

「馬瀬・・・・・・そうか、ここは源氏なのだな」

「そう、源氏」



少女は敦盛の言葉をさして気にもせず、素っ気無い返事をした。
目下、彼女の意識は手にした箱の中を、探る事にあったから。



「あった、これだ」



軟膏の小瓶らしきものを取り出して、にっこりと笑った。



「すみません。起きたら薬を塗るように言われたので、失礼しますね」



その笑顔に一瞬見惚れた敦盛はすぐに、伸ばされた手に気付いた。

咄嗟に振り払う。



「触るなっ!」

「えっ・・・?」



目を丸くして動きを止めた少女に気付き、罪悪感が芽生えた。

が、触れられる訳にはいかない。



「す、すまない・・・だが私にはその、触れないで欲しい」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・すまない」
  


拒絶した彼の方が、されたゆきよりもずっと傷付いた顔をしている。



(怨霊だけど、心は人なんだ・・・)



とても、苦しそうな眼をしている。
自分を責めているような眼。


・・・・・・もしかしたら、本当は傷付きやすくて優しい人なのかもしれない。

ゆきの前で目を伏せがちに俯く彼からは、清く満ちる水気を感じるから。


『彼も八葉なんだよ』


望美の言葉を再び思い出す。



(そういえばリズ先生も、鬼だけど八葉だもんね)



だとしたら彼のような、人の心を持つ怨霊が八葉であっても、おかしくないのかもしれない。



「わかった。じゃあ自分で薬を塗ってくれる?」

「あ、ああ・・・すまない」



差し出された手を振り払われて怒るだろうと予想した敦盛は、少女が笑うのを戸惑いながら見ていた。

笑顔のまま、少女は言う。



「いちいち謝らなくていいのに・・・あ、そうだ、私はゆき。あなたは?」

「ゆき殿か・・・私は敦盛だ」

「敦盛くんねっ!よろしく」

「・・・・・ああ・・・あなたが私を助けてくれたのだろうか、ゆき殿?」



状況を掴もうと質問をする敦盛は、やっとゆきの眼を真っ直ぐに見る。

そして、驚いた。




「泣いていたのか・・・?」

「・・・・・・・・・!」

「いや、その・・・すまない!」



思わず声に出てしまった敦盛の一言に、敦盛もゆきも顔を真っ赤にした。



「う、うん、ちょっとね・・・・・・!あ、敦盛くんを助けた人を呼んでくるから、待っててね!」

「あ、ああ」



泣き腫らした眼を見られた羞恥心から、そそくさとゆきはその場から離れた。



望美を探しながらゆきは歩く。




本当は、気遣うような敦盛のたった一言に、控え目な眼差しに、優しさを感じて嬉しかった。


さっきまで自分を苦しめた、もやっとしたものが少し晴れた気がする。




(うん。決めた。あなたが怨霊だって知ってる事は黙っておくね、敦盛くん)



・・・・・・皆にも、彼自身にも。







ACT17.月に惑う、水に弛む


20070913






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