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「望美?疲れたかしら?」

「大丈夫ですか、春日先輩?」

「‥‥あ、ううん!何でもないよ!」



朔と譲が心配そうに顔を覗き込むのに気付いて、望美は慌てて笑った。



(心配かけちゃってるな、私)



自分が落ち込めば、皆に心配かけてしまう。







‥‥‥分かっているけれど望美の脳裏から、さっき会った『彼』の儚い姿が消えなかった。



『あぁ・・・またお会いできるとは思っていませんでした‥‥‥十六夜の君』

『重衡さん!逃げて!』



必死に詰め寄る自分に向けた笑顔がとても儚く見えた。



(重衡さん、どうか無事でいて‥‥‥)



望美は一瞬だけ、祈るように目を閉じる。

それから吹っ切る様に首を大きく振り、もうひとりの気掛かりな『彼』を背負う師の元に歩み寄った。



「リズ先生。彼は‥‥」

「何とも言えない」

「‥‥‥分かっています。早く陣に着いて休ませないと‥‥」



不安そうに俯く望美に気付き、譲が安心させるように笑い掛けた。

普段は過保護な気もするが、こんな時には何より安心する笑顔。



「春日先輩、大丈夫ですよ。陣に着いたら俺も手伝いますから」

「‥‥‥ありがとう」



いつも優しい幼馴染みがいてくれて良かったと、心から思う。
感謝を込めて譲の手を握ると、案の定彼は真っ赤になっていた。









ACT17.月に惑う、水に弛む








その後は怨霊に遭遇する事もなく、無事に馬瀬の陣に着いた。





敦盛を背負ったリズヴァーンが陣に入ろうとした瞬間、拒むように小さな閃光が走る。

敦盛は小さく呻いた。



「うっ・・・」

「神子、ゆきが結界を張っている」



望美にだけ聞こえる様に言ったリズヴァーンの言葉に、驚く。



そうだった。

陰陽師のゆきを戦に無理矢理引っ張ったのは自分だったのに、何を驚くと言うのだろう。



『怨霊から兵を守るため』


と、九郎達を押し切ったのは自分だ。

ゆきは、ちゃんと自分に課せられた役目を果たしていただけ。



望美はリズヴァーンに小さく頷くと、彼の背で眠る敦盛の手を取り、結界を通過した。
こうすれば自らの神気が彼を守り、結界を通れれのだと知っているから。






到着した望美達を待っていたものは、満面の笑顔のゆき。

‥‥‥ではなく、顔を真っ赤にして怒る九郎と、静かに怒られているゆきの姿だった。



「‥‥‥何かあったの?」

「い、いや何でもないっ」

「?そうなの?」

「う、うん、何でもないよ!気にしないで!」



気にするなと言われても、見るからに様子がおかしい。

でもここは、ゆきの意思を尊重しようと、望美は敢えて何も言わない事にする。

代わりに、心の中で盛大にため息をつきながら、弁慶を盗み見た。



(‥‥‥やっぱりね)



もう一度ため息を吐きたくなる。

視線の先の彼の表情は、望美が想像していた通りのものだったから。




 

「・・・・・この人は・・・?」



陣の奥に寝かされた敦盛に目をやり、ゆきは首を傾げている。



「三草川から少し離れた所で倒れていたの・・・この人も八葉なんだよ」

「えっ?八葉!?・・・・・・そう、なんだ・・・・・・」

「ゆきちゃん?」



難しい表情で黙り込んだゆきに、望美は眉を顰めた。
八葉と聞いた時の、彼女の反応がおかしい。

両手でゆき自身の身体を抱き締めながら、じっと敦盛を見つめている。






『か・・・可愛いっ!!』


と、今までの運命であれば、彼女は敦盛に対して最初から好意的な反応しか示さなかったのに・・・・



(ゆきちゃん?)



もう一度声を掛けようとした時、向こうで九郎が譲と話しているのを見つけて腰を上げた。



(確かあの二人は敦盛さんの事で話をしていたはず)



「ちょっと、九郎さんと話してくるね」

「――あ、望美ちゃん!」

「どうしたの?」

「・・・九郎さんと話が終わったら、少し休んでよ。この人の看病は私がするから」

「・・・・・・・ええっ?悪いからいいよ」

「だめ。まだ戦は終わってないんだから・・・・・・私にも出来る事をさせて欲しいよ」




他に何も出来ないから・・・と俯くゆきの優しい気持ちが伝わってくる。



「・・・うん。本当は疲れてたから助かるな。ありがとう、ゆきちゃん」



礼を述べるとゆきは嬉しそうに微笑んだ。



(何も出来ない事ないよ。あなたかいてくれて、どれほど私が・・・・)



九郎の元へ向かいながら、望美は小さく笑った。











・・・・・・後になって、このまま去ってしまった事を後悔するとは、この時の望美は気付かなかった。



ちゃんとゆきの側にいれば良かったと。
彼女の異変にちゃんと気付けば良かった、と。
彼女に無理矢理でも、話を聞き出せれば‥‥‥






そうすれば、一人で泣かせる事もなかったのに。





けれども望美がそれに気付くのは、ずっとずっと後の事だった。








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