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「やはり、望美の言う通り山ノ口の陣は偽装だったのね」

「望美さんのお陰で大切な戦力を失わずに済みました」



弁慶の言葉に望美は少し笑った。



(将臣くんに会わなくて済んで良かった‥‥)



還内府の彼とはここで会う運命にはないが、今回だけは緊張してしまった。
もしも運命が変わって、自分達が出会ってしまったら、と。



(だって今の運命は、私が何もしてないのに、始めから変わっていたもの)



ゆきが陰陽師になっていた運命は、今までなかった。
非力な普通の女の子だったゆきは、今の運命にはもういない。



(まだ強いとは言わないけど‥‥私が強くしてあげる。優し過ぎるゆきちゃんの心を)


その為には、今は運命を先に進めなくては。





何はともあれ将臣に出会わずに済んで良かった。
ホッとした望美は、考え事をしている弁慶に話を振った。



「弁慶さん、これからどうしますか?」

「そうですね。馬瀬の陣に戻りましょう。九郎に報告しなくては」

「そうだね〜、敵の出方も気になるし」









ACT16.澄んだ白銀の雫









もうすぐ三草山と言う所で、人のざわめく気配がした。
男が数人慌てふためいている。



「怨霊が暴れてるぞ!強すぎて歯が立たない!!」






「――水虎だ、神子」



望美だけに聞こえるようにリズヴァーンが身をかがめる。



「強い怨霊‥‥水虎‥‥」



(敦盛さんだ!)



今までの運命でも、何度も対峙してきた望美にはわかった。

同じ様に運命を超えているリズヴァーンにも、
水虎の正体が『彼』だと気付いているのだろう。

望美と目が合うと小さく頷いた。




「皆さんは避難して下さい。ここは俺達が!」

「行きましょう、望美」

「―――神子」



譲達が武器を構える。
朔の隣で白龍が、何かを訴えるように望美を見上げていた。


望美は今にも水虎に攻撃を与えそうな彼らを止めようと、手を広げて立ち塞がる。



「待って!戦っちゃダメ!その怨霊は悪い怨霊じゃないよ!!」



少しの問答の末。

とにかく先に進もうと決断する。



(今は逃げて、敦盛さん!)



祈るは、もう少し先で出会う天の玄武の、無事。


そんな彼女を弁慶がじっと見ている事に、望美は気付かない。



















馬瀬の陣は戦前の興奮からか、かなり騒々しい。

九郎も先程から兵達を廻り、最終調整をしていた。


ふと見ると、陣から外れた場所で、ゆきが札を掲げて目を瞑っている。
一瞬だけ陣の周りに光が走り、消えていった。



「ゆき、大丈夫か」

「九郎さん‥‥一応簡単に結界を張りました。怨霊用なんで、人は行き来できますから」



陣とその周囲の兵が休む場所全てに結界を張ったのだろう。

少し青い顔のゆきに、九郎は申し訳ない気持ちになった。



「‥‥すまない、感謝する。少し疲れたなら、休んでもいいぞ」

「大丈夫です‥‥‥ありがとう、九郎さん」



ゆきがにっこりと笑うと、九郎の顔も少し綻んだ。
こうして初めての戦に出ても、まだ戦っている訳ではない。
疲労などは感じていない。



「嘘を言うな。緊張もしているだろう」

「やっぱりばれてます?」

「ああ。お前の考えならな。単純だから」

「‥‥単純ですか‥」

「俺も人の事は言えないが」



そう言ってゆきの頭を撫でる九郎の目は、いつもより鋭さを増している。
やはり、これが戦の中で生きて来た、彼の姿なのだろうか。

ゆきもいつもの様に九郎をからかう事もなく、黙って緊張していた。



「怖いか?」

「うん、少し‥‥」

「そうか‥‥‥‥‥」

「‥‥‥」



会話が続かない。



(どう切り出せばいいものか)



九郎は、やけに言葉の少ないゆきを何度も横目で見ては、内心溜め息をついている。



「‥‥‥九郎さん?」

「なっなんだ!?」

「言いたい事があるならはっきり言って欲しいです」



さっきからの九郎の視線に耐え兼ねて、ゆきは顔をあげた。
うっ、と言葉に詰まったが、諦めて話し出す。



「‥‥‥弁慶と、何かあったのか?」

「えっ?」



不意打ちな言葉に、ゆきの心臓がどくん、と跳ねた。



「なんで‥‥?」

「お前らの様子が変だからな。神泉苑で何があったかと、思っ‥‥‥あ‥‥」

「‥‥‥神泉苑‥見てたの?」

「‥‥すまない!あの時、弁慶とたまたま通り掛かってな。譲とお前が先にいたのに気付いたんだが声を掛けなかった。俺は用があったから、弁慶と別れて先に帰ったんだが‥‥」



本当にすまない、と素直に謝られては何も言えなかった。
俯いて、歪んだ顔を隠してゆきは呟いた。



「別に‥‥弁慶さんとは何もないですよ」

「そうか。ならいい」



九郎はそれ以上、詮索しなかった。



戦時でなかったら、ゆきは聞いたのかもしれない。
男というものは誰とでもキス出来るのか、と。







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