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三草山に着いたのは夜。
兵達の浮き足立ってる様子から還内府の名を聞き出して、冷徹な表情で弁慶は考え事をしている。
「やはり還内府の名の影響は大きいですね」
弁慶のそんな顔を見るのは、初めてだった。
(これが、源氏の軍師の顔‥‥)
こんな時なのに、思わず見惚れてしまう。
「ね、朔。還内府って、なんちゃら重盛とか言う人だよね?」
「小松内府平重盛ね。一度亡くなって、清盛が怨霊として蘇らせたらしいの。若き日の姿で‥」
「怨霊かあ。だから、みんな怯えてるんだね」
朔と話し込むゆきの隣で、望美が俯いている。
(還内府‥‥将臣くんも来ているんだ)
それに気付いた白龍が、怖い?と聞いた。
「ううん。大丈夫だよ、白龍」
そして望美がぐっと前を向き、強い眼差しをするのを、たまたま弁慶は見ていた。
丁度その時、陣の隅で伝令と話をしていた九郎が戻って来る。
「なんだ。こんな所にいたのか」
弁慶の表情が少し和らぎ、還内府の話をしていたと、九郎に告げる。
「今回は、宇治川のようには行かないだろうな。とはいえ、攻めるにしても景時の率いる軍が着いてからになる」
一旦言葉を切り、皆をざっと見回す。
「もう少し時間があるから、今は休んでいてくれ」
「そうですか‥‥じゃあ、俺、少し向こうで休ませてもらいますね」
青い顔をして疲れている譲を見て、ゆきは胸が痛むが何も言えなかった。
望美が譲の腕に手を添えて、声を掛ける。
「もしかして‥‥眠れてないの?」
「ええ、少し‥‥」
二人が話しているのを見るのは、まだ少し胸が痛むから、ゆきは踵を返した。
三草山は播磨国にある。
「俺達の世界で言うなら兵庫県だよ」
きょとんとしたゆきに、譲が以前教えてくれたのを思い出す。
段々と、風が強く吹いてきた。
偵察に赴く時間まで、まだ少しある。
武器の手入れをしたり、身体を休めたり、各自が時間を過ごしていた。
「ゆき」
栗色のさらさら髪の人物を探していたらしく、見つけた赤髪の少年が近付いて来た。
「ヒノエ、どうしたの?」
「‥‥‥ちょっといいかい?」
「うん、いいよ」
ゆきは訝る事なく、注がれる視線を、受け止める。
「あっちの木陰でもどう?」
「うん」
普段からの癖もあって、何となくゆきの肩に手を回して歩き始める。
―――背後から一瞬、強く感じる気。ヒノエはぷっと小さく吹き出した。
「話ってなに?」
「逢引のお誘いかな?」
誘うかのようににゆきの髪を一筋手に取ってくるくる回しながら問うヒノエに、ゆきは呆れた素振りを見せる。
「もう、ヒノエ。戦の前なのに相変わらずだね」
言いながらクスクス笑うゆきを見て、ヒノエはホッとした。
相当緊張していたのだろうか。
ここ最近ずっと元気がなかったゆきを、ヒノエは彼なりに心配していた。
「‥‥‥ゆき、辛い時は辛いと泣いていいんだぜ?」
「‥‥‥‥え?何の話?」
「お前さえ良ければ、胸、貸してやるよ」
ゆきが相手だから、言葉を飾らず率直に言った。
途端に、泣きそうに歪むゆきの顔。
「‥‥‥‥ヒノエ‥‥」
「何だい?」
「私ね、」
‥‥と言い掛けて、「えっ‥」と呟いて手を口にあてる。
たった今、何かに気付いたかのように。
驚愕に揺れる瞳に、ヒノエは訝しげに目を細めた。
そのまま固まってしまったゆきの肩に手を置き、軽く揺さぶる。
「ゆき?」
「‥‥‥‥あ、ううん、何でもない。ごめんね!」
(どこが何でもないんだか)
思いきり泣きそうな顔をしてるくせに。
問い詰めるのも野暮なので、代わりにヒノエは良い事を思い付いた。
ニヤッと笑って、掴んだままの肩に力を込めた。
「なぁ、オレにまじないでもかけてくれない?」
「‥まじない?術でもかければいいの?」
首を傾げるゆき。
にっこり笑いながら、その柔らかそうな頬に唇で触れる。
「‥‥っ!!」
バッ!と身体を離したゆきの顔は真っ赤になっていた。
「ちょっ‥‥‥何するのっ?」
「あはは、だからまじないじゃん!」
「馬鹿!」
必死に怒っているゆきに、ますます笑いが込み上げるヒノエ。
やがて、怒るのが馬鹿らしくなったのか、ゆきも笑い出した。
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