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―――唇が離れた事に、ゆきが気がついたのは、暫く経ってからの事だった。
「弁慶、さん‥‥?」
「‥‥‥‥‥すっかり遅くなってしまいましたね。帰りましょうか」
「へっ?あ、はい」
ふっ、と小さく笑ってゆきの手を引っ張る弁慶は、いつもの彼だった。
会話をする事もなく、手を繋いで帰路の途につく。
二人の胸を占める思いは何なのだろう。
「あ、あのっ‥‥」
「何ですか?」
京邸の門前で立ち止まり、話し掛けたゆきは、弁慶の顔を見て黙り込む。
「‥‥‥‥何でも、ありません」
「そうですか。では入りましょう。皆、待ってますから」
「‥‥‥はい」
なぜ、とか
どうして、とか
聞きたい事は沢山あったのに
彼の眼を見た瞬間、何も聞けなくなってしまった。
離れた熱が、恋しい。
そんな自分が怖かった。
ACT15.感じる距離
最近ゆきの様子がおかしい。
いや、ゆきと弁慶の間がおかしいと言うべきだろう。
顔を仄かに赤らめて、弁慶から視線を逸らすゆきと。
そんなゆきを、敢えて眼中に入れない弁慶。
「あいつらは大丈夫なのか?」
と、人間関係に鈍い筈の九郎が、望美にこっそり聞いて来る程、ぎこちない二人が目立つ。
『あんなに仲良かったのに』
思いながら、誰一人として当人達には聞けないでいた。
(私はどうしたらいいのかな)
望美は焦っていた。
二人に何かあったのは明白なのに、自分がどう動けばいいのか分からない。
聞き出そうにも、弁慶は絶対に口を割らないだろうし、ゆきだって‥‥‥。
(でも、ここで諦めちゃいけない)
ゆきが譲を想って来たのを、本当は痛いくらいに知っている。
だからこそ、
(私から聞き辛いよね。弁慶さんと何があったの?なんて)
譲に想われている自分が聞いたら、ゆきは傷付くかもしれない。
ゆきを傷付けたくなんてないのに。
(私は‥‥)
諦めちゃいけない。
諦められない。
静かに決意を固めた。
明日、早朝に三草山へと出発するから、皆は早々に眠りに就いている。
眠れなくて、望美がゆきの部屋をそっと覗く。
小さな寝息が聞こえてきた。
(おやすみ、ゆきちゃん)
音を立てずに、静かにその場を後にした。
大好きなゆきの眠りを、邪魔せぬように。
廊下に出ると月明りが柔らかく揺らめいている。
「弁慶さん」
庭に、丁度今逢いたいと求めていた人物が立っていた。
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