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「弁慶さん‥‥」

「冷えてきましたよ。帰りましょう」



気遣わしげにかけられた声に、ゆきはまた涙が出そうになった。



「もしかして、さっきから‥‥‥」

「ええ。君が泣いていたから、放って帰れませんし」



まるでそれが当たり前のように、弁慶は言った。

涙を見られた羞恥心より、何だかおかしくなって、ゆきは笑いがこみ上げてくる。



「私ってば、子供みたいですね」



ひとしきり笑った後にぽつんと呟きを落とせば、


「君は、そう思うんですか」


と、問いかけられた。


答えられずに暫く無言でいるゆきを、弁慶は静かに見ている。



「‥‥‥私、ずっと有川くんを見ていました」

「知っていますよ」

「‥‥そうでしたね」



くすりと力なく笑って、ゆきは続けた。



「でも、今日、気づいてしまった‥‥‥私は本当は今の関係を壊したくないだけなんだって」

「‥‥‥‥‥」

「今のままだったら、望美ちゃんにも有川くんの傍にも、私はいられる」



それがどんなに切なくても。

二人に大切にして貰える。



「馬鹿だなあ、私」

「本当に馬鹿ですね、君は」

「え?」



怒りを孕んだ声に振り仰ぐと、冷たい目をした弁慶がすぐ横に立っていた。


弁慶は言葉を発さず、ゆきも何も言えずに、暫くお互いを探るように見つめあった。




「うわあっ」



徐に弁慶がゆきの手を引っ張り立ち上がらせる。
体勢を崩した彼女の手をもう一度強く引き寄せた。


胸に飛び込む形となったゆきは、顔を覗き込むような姿勢になる。



「弁慶さん?」




近づいてくる睫毛に夕日が射して、キラキラと綺麗だな。

ゆきはそんな事を思った。





「‥‥‥‥んぅっ‥‥‥」



近づいていたのは瞼だけでないと、気が付いたときにはもう。


───唇が封じられていた。



「な、なにする‥‥‥んっ‥」



抵抗しようにも、男の力に敵うはずもない。

放そうとするのに、絡み付いてくる腕。


叩こうとした手を掴まれて、後ろの木に押し付けられた。





‥‥‥‥いったい何をしているのか。

頭の芯がぼうっとしてきて、何も考えられなくなってくる。

力が抜けたのを感じ取ったのか、やがてキスは優しいものとなっていった。








何度も角度を変えて、優しくキスするから

ゆきは、諦めて目を閉じた。












ACT14.優しいキスをして

20070823





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