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言葉が、出ない。






それは皆同じらしく、誰一人として喋らない。

そうではなく、話せないのだ。



束縛解除の術を行おうとして、景時は唇を噛み締める。


力が強すぎる。


陰陽術式銃を用いれば、束縛を解く事は出来るのに。

だが、この力では僅か指先すらも曲げられない。


怨霊の殆どは八葉と神子の力により消滅し、あと三体を残す所となっていた。
もうすぐ片付くという安心感や油断があったのかもしれない。



(一体誰の仕業なんだろうか?‥‥)



少なくとも自分達が対峙している怨霊の力などでは、不可能だ。

この場にいる全員‥‥しかも怨霊を除いて、正確で強力な束縛を与えるなど、既に人外の力。
景時もこんな相手と戦った事がなかった。





自分達が動けなくなり、一瞬動きを止めた怨霊が、再び望美と朔に刀を振り上げるのを‥‥‥景時は見ていた。


もう一人の陰陽師を信じて。















束縛は凄まじい力だった。

師匠の郁章がゆきに、修行の一環として施す呪縛とは比較にならない。



(やだ‥‥‥弁慶さん!!)



自分を庇って傷を負った弁慶の体温が、ゆきの腕の中で少しずつ下がっていくのが解るのに。



(誰かっ!‥弁慶さんを助けて!)



祈る様に強く思った瞬間、ゆきは気がついた。








一体誰が、助けられるのか。






『あんな術くらいどうにか出来ないと、まだまだ私に勝てないよ』



あの冬の日、ゆきの全身の力と声を奪う術を、突然かけてきたのは、彼女の師匠だった。
それを解いたのは、ゆき自身の力。





(思い出して。私はどうやって束縛を解いたのか)




呪符も、呪文も使えない状況は、今と変わらない。



『どうやって解いたんだ?』

『最後は気合いで頑張ったけどね!』





──気合い。





(何してるの、私。こんな処で!)



いつも守られて。



(何に怯えてるの?)



自分を庇って、大切な人が傷ついたのに。

今だって、命が危ないのに。




(皆を守るって言ったのに。その為の力なのに!)





無力な自分に怒りが込み上げる。



『出来る事から始めましょうね』




頭の中に甦るは、優しさに満ちた声音。



(弁慶さん‥‥今、私に出来る事を、頑張るね)








そんな自分を窺う様に、姿を隠して覗き見る気配。

ゆきは再び感じた。


強大な力はそこから発せられている。




ゆきは意識を集中した。

身体が動かなくても、気が流れるのは感じる。


自分を縛するのは、木の気。
だから、木に打ち克つ金の気を手繰り寄せた。





(臨兵闘者皆陣烈在前!!)












「弁慶さん、少しだけ待ってて」


自由になった身体から、弁慶の頭をそっと剥がしてその場に横たえる。

本当は止血をしたいけど。




首を左右に降って、走り出した。



望美と、朔の元に。













「臨兵闘者皆陣烈在前!!」



ゆきの声と共に、全身に襲いかかる圧力が無くなった。



「朔!望美ちゃん!伏せて!!」



続いて緊張感のあるゆきの声に、望美は即座に反応する。
横に飛び込んで、朔の頭を抱えて転がった。

刹那の差で、朔のいた場所に刃が突き刺さった。

ホッとする望美の耳に、砂地を滑る音とゆきの声。



「白龍!龍脈に帰せなくなるけどごめんね!」

「ゆきちゃん‥‥‥?」



顔を上げれば、ゆきが、望美と朔を庇う様に立っていた。



怨霊に向かって真っ直ぐ伸ばした腕。
指先まで伸ばして。
張り詰めた気を漂わせながら、呪符をしっかり構えている。

普段の姿とはかけ離れた、険しく鋭い顔。



「ノマクサマンダ・ボダナン・カロン・ビギラナハン・ソ・ウシュニシャ‥‥‥ソワカ!」



それは望美が聞いた事のない、強い声音だった。




詠唱を終えると呪符が光り、怨霊の背後に黒く渦巻く空間が生じた。

見る者に、不安を与えるような‥‥‥暗黒を生み出したのはゆき。



「ウギャァァァ!!」



引きずられる様に吸い込まれて行く怨霊の姿を、そこにいた者達はただ見ていた。

最後に残した断末魔が消えた頃には、もう怨霊も不思議な空間も存在していなかった。










「ゆき‥‥」

「朔、望美ちゃん、怪我はない?」



二人を振り返った時は、いつものゆきの顔だった。



「ええ、大丈夫よ。ありがとう」



朔が答えるとホッとしたように頷き、踵を返して後ろへ走り出した。



「弁慶さん!!」



弁慶はリズヴァーンに支えられてはいるものの、意識はしっかりしていた。



「お帰りなさい、ゆきさん」

「ごめんなさい弁慶さん!私を庇ってこんな‥‥こんな‥‥‥」



弁慶の姿を見た途端、さっきまでの強気は何処へ行ったのか。

大粒の涙をぼろぼろと零し始めた。



「ごめん、なさい‥‥わた、私のっ‥‥‥‥せいで‥‥‥」



泣きじゃくるゆきに弁慶は苦笑すると、リズヴァーンの腕を外した。

そして、ゆきの前に立つと、拳を握る。


ごん!!




「い、痛いっ!!」

「いつまで泣くつもりなんですか?」

「い、今げんこつでしたよね!?」

「当然です」



ゆきの頭を拳で軽く一発決めた後、弁慶はにっこり笑った。



「僕が君を守ると言ったんです。だから、謝らないで下さい」

「‥‥‥は、はい」

「それに、君だって僕達を守ってくれたのでしょう?」

「それはっ、夢中で‥‥!」

「いや、お前はよくやった。ゆき」



弁慶に言い募ろうとするゆきの頭に、リズヴァーンは手を乗せた。

ぽん、と撫でると、ゆきが目を細めた。



「お父さん‥‥」



ゆきは小さく呟いて、ハッとした。



「すみません!」

「いや、気にするな」

「‥‥‥‥‥」







リズヴァーンが答える横で、ゆきは考えた。



(さっきの呪縛は、誰が‥‥‥)








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