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星の一族の邸は嵐山を流れる桂川の近付くに位置している。

白龍の神子と八葉が来るということで、邸の者達は非常に丁寧に出迎えてくれた。




出迎えた若い女性と話をした。


一族には現在、力を受け継ぐ者がいない事を、最初に詫びてきた。
唯一の継承者であった姫が、三年前に忽然と姿を消したらしい。
八葉の宝玉を持って行った事、姫の名が『菫』だと聞いて、譲と望美が顔を見合わせた。



「祖母の名前もスミレ。有川スミレって言います」

「お祖母さまが大事にしていた宝玉を、譲くんが持っていたんだよね」

「その宝玉は今どちらに?」



譲は宝玉が八つに別れ、八葉の身に埋まった事を知らせた。
でしたら‥‥と女性は切り出す。



「でしたら菫姫様は、白龍の神子様に会いたい一心で、時空を超えられたのでしょう」

「時空、ですか?」



望美達が菫姫について話し合っている。







「‥‥時空‥‥‥」

「ゆき?」



ゆきの声音が震えている事に、隣にいたリズヴァーンは気がついた。

自分の両手で襟を握り締めるゆきの手が、震えている。



(お父さんとお母さんも時空を超えて、あの世界に来たのかもしれない)



両親がもともとこちらの人間なら、夢や幻で見た姿も納得がいく。



(でも、お母さんにはあっちの世界に家族がいた)


両親を亡くした自分を引き取ったのは、母の姉だった。


何か大事なことを、忘れている気がする。

そういえば、夢の中で見た父は、母を名前で呼ばずに確か‥‥‥‥。







「神子」

「えっ?」



突如、ゆきの耳に聞こえた、父そっくりな声に驚いて見上げた。

そこにはリズヴァーンがいて、望美に話しかけていた。



(リズ先生の声か‥‥‥‥でも、そう。『神子』ってお母さんも呼ばれてた)



「はい、何ですか先生?」

「私がいては話が進まないだろう。少し、外に出ている」



どうやら自分が考え事をしている間にも、話は進んでいたようだ。
ゆきが我に返ると、気まずい空気が漂っていた。



「そんな!先生は鬼でも、京を滅ぼした鬼とは違います!だから出て行かなくても―――」



望美の様子から、リズヴァーンが『鬼』だと言う事で、望美と星の一族との間で諍いでもあったのだろうと検討がつく。

自分も住んで知った事だが、京の民の鬼に対する恐怖と敵愾心は強い。

珍しく望美は怒っていた。



「神子。お前の気持ちはわかっている。大丈夫だ」

「でも‥‥‥」

「ゆきも暑気に酔った様だ。だから休ませたいのだが」

「ゆきちゃんが?」



突如として話を振られたゆきには、何がなんだかさっぱり分からない。



「‥‥確かに顔色が悪いわ。大丈夫なの、ゆき?」

「‥‥う、大丈夫、でも少し外に出てるね」

「うん!‥‥‥先生、お願いします」

「わかった」



リズヴァーンに連れられて、ゆきは邸を後にした。









邸を出て、川縁の草地に腰を降ろした。

心地よい温い風が肌をくすぐる。
青草の、籠る匂いが濃くてむせ返りそうになった。


のどかな、春の陽射し。


ここに座って、自分は随分緊張していたのかも知れない、とゆきは思う。
気持ちがほぐれて初めて、強張っていた身体に気付いた。



「リズ先生、ありがとうございました」



‥‥私を連れ出してくれて。


自分を気遣って外へ出たのもあるだろうから、素直に頭を下げた。



「気にせずともよい」



リズヴァーンが答え、少し目を細めてゆきの頭を撫でた。

口許を覆う布で表情が分かりにくいが、目が優しい。
見てるゆきは懐かしい気持ちになった。





リズヴァーンは父に似ている。



寡黙で、常に動じず、優しく目を細めるところが。

何より、気配がそっくりなのだ。






「リズ先生」

「どうした?」

「龍神の神子や星の姫の他に、時空を超える事が出来るのでしょうか?」

「‥‥‥」

「リズ先生?」

「答えられない」

「‥‥‥そうですか‥」



そう言われれば黙るしか出来ない。




ゆきは諦めたのか、草を引っこ抜いて風に散らしている。
特に会話する事も無く、リズヴァーンは一人、考えていた。

先日彼女達が鞍馬へ、自分を探しに来たとき、

不自然に騒いでいた、山の気配。






それがどう言う意味を成すのか、リズヴァーンには予想がついている。





恐らく、鞍馬の主の仕業だろうと。









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