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春の陽光が柔らかく照るからか、ゆきはぼんやりと歩いていた。

こうして訪れる嵐山が懐かしく思える、と感傷に浸りかけて否定する。



「懐かしいって言うとおかしいよね。私の世界の嵐山とは違うし。う〜んと‥‥‥‥不思議な感じ。こういうのってわかる?ヒ‥‥‥‥」

「ヒノエなら前に行きましたよ」

「‥‥‥あれ‥‥べ、弁慶さん?」



ヒノエ、と続けようとしながら隣を見ると、そこにいたのは弁慶だった。



「僕は声を掛けたのに、気付かなかったんですか?」

「えええっ!?ごめんなさい!ちょっと考え事をしてたから‥‥‥」

「全く、君らしいですね」


(私って間抜け?凄く恥ずかしいや)



真っ赤になって俯くゆきは気付かなかった。
隣で静かに彼女を見ている弁慶に。

暑いのか寒いのか、季節感のない外套の端を手で弄びながら、弁慶は淡く笑う。



「ゆきさんは嵐山は初めてですか?」

「京に来てからは初めてです」

「そうでしたね。そういえば譲くんから聞きましたが、ゆきさんの世界では、京都、と呼ぶそうですね」

「何だか不思議ですよね」



ゆきは弁慶から一歩だけ距離を開ける。

あくまで気取られないように。



『お前と違う香の匂いがするけど』



さっきのヒノエの言葉が頭に残っている。



(まあ、ヒノエだから気付いたんだろうけどね)



『匂い』が違うだなんて、普通の人なら気付かないだろう。
だからゆきはすっかり失念していた。




相手は弁慶だと言う事に。


















神泉苑の後片付けも、ようやく一段落ついた。

しかし、九郎にはまだまだやるべき事‥‥‥いや、相手しなければならない貴人がいる。



「いや、実にめでたき事。白龍の神子が許婚とは、九郎も隅には置けぬの」

「‥‥‥滅相もございません」



もう、何度目になるのだろうか。
同じ事で何度もからかわれると、いい加減疲れてくる。
当たり障りのない返事にも段々うんざりしてきた。


だが、あの時はああやって、望美を庇うしか道はなかったのだ。
仕方ない。
後がここまで大変だとは思わなかったが‥‥‥。







『格好良かったよ、兄上!』









(馬鹿かあいつは)



別れ間際のゆきの言葉が脳裏に浮かぶと、九郎はふっと笑った。

別に、正義感から望美を助けたわけではない。
だがゆきがそう思ったのなら、それでいい。

ゆきの事を考えると、それまでの落ち着かない自分が嘘のように静まった。



最近、自分はおかしい。



望美が来てから変だと自覚している。



思えば今まで、特に女性に近付かなかったから、楽だった。

源九郎義経の名に近付いてくる女も勿論いる。だが失礼のないよう丁重に断れば大概の相手は引き下がった。

朔にはお互い敬意を払いつつも、必要以上に気を遣わずに済んでいた。

ゆきに対しては、女だと思った事すらない。
一緒にいると、それだけで安心するのに。







どうしてそれが望美だと、落ち着かなくなるのだろう。

なぜ近付くにいると、気に掛かるのか。


九郎には、解らなかった。



ただ、抱き寄せた望美の柔らかい感触が、いつまでも腕に残っていた。








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