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「いいのかよ?今ならまだ間に合うけど?」
あんたの事なんかどうでもいいけどね、と甥が付け足すのを耳にした。
遠回しに連れ戻して来い、と言っているのだ。
惚れた女に降りかかる将来を放置する気か、と。
込み上げてくるのは微かに嘲りの混じった、乾いた微笑。
「今日は随分親切なんですね。朝から人を叩き起こしてまで連れて来てくれるなんて」
「は?あんたなんかどうでもいいって言っただろ?遙香の涙を見たくないだけなんだけど」
「‥‥そうですか」
ふふっと笑えば、隣で至極嫌そうに顔を顰めている事は見なくても分かる。
幼い頃の甥の初恋もまた、彼女であることを知っているから。
眼下の街道では一人の舞姫が、華麗に袖を翻して世界を作っていた。
‥‥‥これは自分の為の舞。
そう思ったのは、きっと自惚れではないだろう。
「遙香が決めたことを、曲げられませんよ。それに僕は彼女に相応しくありませんから」
「あんた、最低だね」
冷たい声音すら、今の弁慶には何のさざめきも与えられない。
ただ、眼が離せなかった。
清らかな遙香の、舞姿から。
「‥‥‥手を取れるわけなどないんですよ」
呟きは風に乗る。
いつしか手は胸元の外套を握り締めていた。
そうしなければ手を延ばしそうで。
捨てるはずの初恋に縋り付きそうで。
‥‥‥これから自分が進むのは、修羅の道。
恋に堕ちる暇など残されていないのだから。
伸ばすことを諦めた指先の代わりに、想いを風に届ける。
君がどうか、幸せであるように。
どうか、どうか、
昔も今も怖じる事無く笑いかけてくれた、
「君のままで、変わらないで‥‥‥」
雨の日はきっと、思い出す。
同じ夢を見て、切ない想いが重なればいい。
愛おしい日々の面影と共に。
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